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雨の後楽園球場

 昨日(4月30日)、最近平ハウスでPAをやってもらっているシュウ君(長身イケメンバツイチ無職)が、いわき文化交流館アリオスにて行われた「Hit Song JAPAN 昭和『同窓会コンサート』~あの日に帰る歌がある~」なるイベントスタッフのバイトに行ってきたのだが、そこで見た西城秀樹のプロ根性に感激してしまい、すっかりファンになってしまったという。それでハウス中でヒデキトークになったわけだが、以前(2007年~2009年の間のいつだったか)、別のところで書いた西城秀樹の記事があったことを思い出し、ログが残っていたので、多少手直しして再録することにした。



(以下再録内容)
 タイトルについてだが、当然野球のことではない。一度、後楽園球場に野球を観に行ったことはあったのだが、何分幼少期のことであり、試合内容は殆ど覚えていない。プロ野球の公式戦はもう一度だけハタチの頃東京ドームで観たが、この試合は印象に残っている。巨人vs横浜戦だった。何故印象に残っているのかというと、当時巨人に在籍していた落合博光が盗塁をしたからである。
 
 「雨の後楽園球場コンサート」で思い浮かべるのはなんだろうか?やはり、かのGRAND FUNK RAILROADの71年7月の初来日公演を真っ先に挙げる人が多いだろうか。一説には雨で機材が使い物にならず、テープで演奏したという余田話もあるが、あくまでも余田話。前座の中にモップスがあったというのも豪華だが、3組の前座が終わった途端、突風が吹き出し、まずステージの前に飾ってあったGFRの大看板が吹き飛ぶというアクシデントが起きた。当時の日本に於ける球場ライヴにはアリーナ席などなく、観客は全員スタンド席で観覧していたのだが、それが幸いして、看板直撃による怪我人などは出なかったようだ。暴風雨でコンサートの中止が危ぶまれる中、やや雨の勢いが衰えた頃、リヒャルト・シュトラウスの交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」の「序奏」が鳴り響き、GFRがステージに登場!当時、このあたりのライヴを観に行っているであろう若者がこぞって観に行っていた映画「2001年宇宙の旅」のテーマとして用いられた曲ゆえ、この入場で盛上らん訳もなかったであろうと、その頃生まれてすらなかったおれは勝手に想像するのだが、実際観客も熱狂し、悪天候中、このアメリカン・バンドも熱いステージを繰り広げたという。しかも演奏中は雨風に加え、雹までも降ってきたというのだから、ただの悪天候ではない、とんでもない悪天候である。出演者も観客も散々な思いをしたであろうが、この悪天候こそが伝説を演出した訳であり、「おれは後楽園でGFRを観た」というおっさんは、大阪球場(こちらも雨天ではあったそうだ)で観たおっさんよりも一層若いロックファン自慢できるようになった訳である。
GRAND FUNK RAILROAD 「Heartbreaker」 (71年後楽園球場公演)

※件の公演で演奏された名曲「Heatbreaker」の音源。会場の雰囲気が非常に生々しく録音されている

 雨の後楽園はGFRだけではない。1年後の翌72年7月に行なわれたEMERSON LAKE & PALMERの後楽園球場公演も雨だった。大体、梅雨の真っ只中の時期に野外コンサートを行なうこと自体がおかしいのに(フジロックは現在でもこの時期にやってるな…)、2年続けてやってしまうところがなんとも呑気である。前座はブリティッシュ・ロックの大物FREEであったが、離散集合の直後だったせいか、オリジナルギタリストのポール・コゾフが来日せず、ポール・ロジャースがリード・ヴォーカルに加えギターを担当するという状態で急場を凌いだという。
FREE 「Seven Angels」'72年後楽園球場公演

※EL&Pと違い生放送ではなかったので、妙な映像効果が編集で加えられている。ベースは勿論、山内テツだ。

 満を持しての登場となったEL&P。その入場のシーンはEL&Pの公式DVD「BEYOND THE BEGINNING」にこの日の「Tarkus」演奏シーンに挿入される形で収められているが、実はこの日のライヴは、地上波TVで生中継されていたのである。今では到底考えられないことだが、えらい事だ。洋楽ロックアーティストの来日公演の模様が地上波で生中継されたのは、俺が中学生の頃に行なわれたTHE ROLLING STONESか、PRINCEの来日公演(いずれも東京ドーム公演)辺りが最後だったのではなかろうか。数年前、72年に東京12チャンネル(現:テレビ東京)で放送された映像の録画ビデオを手に入れることが出来た。現在はYOU TUBEなどの動画投稿サイトで観ることが出来るようなので、興味があればチェックしていただきたい。

 それにしてもこの放送、黙って演奏シーンだけ流してればいいものを、1曲目「Hoedown」の演奏が始まっているのに、レポーターが演奏にかぶせて喋り捲ってるという、当時、コンサートを観に行くことが出来ずにTV中継を心待ちにしたであろう(当時はビデオデッキなんて庶民に手の届く代物ではなかったので、尚更である)EL&Pファンの神経を逆撫でしまくっていることが容易に想像できる番組構成である。「こんばんわー!八木ちゃんでーす」「聞こえてますか~?二ッキーでぇ~~す!」いっそ聞こえてこなかった方がいくらか良かったのではないか、と当時のファンのことを思うと詮無いが、この人たちも仕事でやっていることである。今のんびりと資料確認の如く観ている我々には非常にほほえましく感じられる。
 結構強い雨が降っているのも、充分によくわかる。カメラのレンズが曇ってしまったり、ビニールのカバーがカメラにかけられているようで、画面がぼやけて映ってしまっているのもある。これは非常にリアルにこの伝説的なライヴの模様を捉えているのだという雰囲気が伝わってきて、こちとら興奮する訳だが、リアルタイムでrテレビの前にいた人にとっては非常にもどかしいものに感じたであろう。
 当時は字幕も手書き文字の合成である。今みたいにデジタル合成ではないので非常に味があるのだが、当時は「ロックと言えばサイケ」ぐらいの印象だったのか、なんか当時としてはとてつもなく凝っているんだろうなという感がひしひしと伝わってくる割に、イマイチ効果がよくわからない曲名字幕が、どうにもおれのお笑い神経を刺激してくる。こういったアナログ合成が、キース・エマーソンの奏でるアナログシンセ(モーグシンセサイザー)、アナログオルガン(ハモンドオルガン)とともに、アナログ感を感じさせてくれて非常に宜しい。また、コンサートの中継ということでCM中断がなく、演奏の途中に画面にスポンサー名が表記されるという形式になっている。
 ライヴが終了すると、事前に収録していたインタヴュー映像が観られるのだが、このインタヴューがまた愚にもつかぬもので、特にインタヴューアの方があまりにEL&Pについて調べもせずに行なったことが明白であるが、制作側でそういった予備知識を仕入れておくってのが筋であろう。また、カール・パーマーはお約束どおり「ゲイシャはどこ?」と定番のボケをかまし、このボケと同じくらいドラミングも安定してりゃいいのにな、と要らぬツッコミまでかましたくなる始末である。この人はやたら手数が多く、複雑なプレイをこなすくせに、シンプルなビートだとリズムキープが怪しくなってよれてしまうという、非常に個性的なドラマーなのだ。とにかく、コンサート内容に関しては素晴しいし、これを映像として残した東京12チャンネルはエライ(できれば、前年のLED ZEPPELINや同年のDEEP PURPLEの初来日公演も映像で残してくれていたら素晴しかった)。しかし、ライヴ以外に於けるこの70年代のナウなヤングにバカウケ的なノリは現代を生きる我々にとっては非常に辛いものであるし、この空回りっぷりは当時のロックファンから見ても空々しいものではなかっただろうか。それとも、高度に発達した情報化社会に生きる我々が贅沢なだけで、当時のロックファンはそんな雑音など心頭滅却すれば火もまた涼しと、容易にシャットアウトして、ブラウン管の中で繰り広げられているこのEL&Pの演奏を凝視し、耳を傾けていたのかも知れない。テレビの前にマイクを繋いだラジカセを置いてテープに録音し、テープが擦り切れるまで聴きまくったファンもいたであろう。現在、我々ロックファンはそこまで真摯な姿勢でロックに接しているであろうか?………と勝手に当時のロックファンの有り様を想像してみたのだが、何一つ確証もなしに書いてしまっていることをここでお断りしておく。
EMERSON, LAKE & PALMER 「Hoedown」'72年後楽園球場公演

※件の生放送の一部。


 今回の真打登場。雨の後楽園を飾った2大バンド、アメリカのGFRとイギリスのEL&Pをさしおいて真打を名乗る大物とは誰か?我が日本が誇るビッグ・アイドル、西城秀樹その人である。
  78年から4年連続で行なわれた「ビッグ・ゲーム」と呼ばれるヒデキの後楽園球場公演だが、これがすべてLPで発売されている(いずれも全曲収録ではないが)。その中でも、79年に行なわれた2回目の公演は、梅雨の時期を外した8月24日に開催されたものの、先述のロック・アイコンたちと同様雨天で、しかも台風の吹き荒れる中行なわれた凄まじいものであった。その模様を収録したライヴ盤「BIG GAME '79」は、当時キャリア8年とは言え、まだ24歳の若者であるヒデキのプロ根性の凄まじさが垣間見える、素晴しいライヴ盤である。また、アイドルのコンサートではあるが、半数はカヴァー曲であり、その中からアルバムに収められた17曲中13曲がカヴァー曲で占められるという、ある意味、ヒデキの趣味性を前面に押し出したライヴ盤であったといえるかも知れない。ジャケットもいかにもロッカーといった趣で、アイドルの作品とは思えない。ロック好きのヒデキはその前年(78年)に行なわれた後楽園公演でも、1曲目にFOGHATの「Fool For The City」を持ってくるというマニアぶりを見せ付けてくれた訳だが、79年のオープニングナンバーはQUEENの「We Will Rock You」であった。今でこそベタな選曲と思われるかもしれないが、「We Will~」が収録されたアルバム「NEWS OF THE WORLD」が77年の発表であることを考えると、ベタとは言い切れるものでもあるまい。アレンジも、最初はオリジナル同様、ドラムとハンドクラップ(手拍子)による例の「ドンドンダッ♪ドンドンダッ♪」というリズムに乗せて歌うというアレンジだが、曲の中盤で突如アップテンポのハードロックナンバーになるという、一筋縄では行かないアレンジである。アルバムの解説には「ディープパープル風」と解釈されているのだが、当時のQUEENもライヴの一曲目にはアップテンポにアレンジし直した「We Will~」を演奏し、ライヴの終盤にスタジオ盤と同様のアレンジの「We Will~」を演奏していたので、ヒデキのそれも、そのアレンジに準拠したものだと考えてよいと思う。更にその二つのヴァージョンを合わせてやってしまうという発想も白眉である。このライヴが行なわれる直前、79年4月にQUEENは来日公演で前述のアレンジで演奏しており、これがテレビで放送されている。当時3歳になったばかりのおれがQUEENなど知っている筈もなく、こんなのが放送されていたのかと思うと悔しくて堪らない。また、同年6月に日本でも発売されたライヴ盤「LIVE KILLERS」でも同様の演奏が収録されており、このあたりの音源を参考にしたのではなかろうか。アレンジするにしても、余り間もない上に、4~5人編成のロックバンドではなく、ヒデキのバックバンドは十人単位のフルバンドである。以前なら「8時だヨ!全員集合」の岡本章生&ゲイスターズ、「夜のヒットスタジオ」のダン池田&ニューブリード、今では「のど自慢」位でしか観られないアレだ。しかも専属というわけでもなく、ヒデキ以外のバックも務めているはずで、この短期間にすべてのパートのアレンジする訳だ。ロックバンドでは考えられないような仕事量なのではなかろうか。
 それはともかく、この曲の演奏を聴くだけで、ただアレンジされた曲を与えられて歌うアイドルではなく、ヒデキ自身の意見もかなり多く取り入れられたであろう事は明白で、当時のアイドル事情を考えると、これはなかなか凄かったのだと思う。

 続いては、またカヴァー曲でKISSの「I Was Made For Loving You」だ。某デジカメのCMでKISSのメイクをした子供達が歌っているあの曲、といえばお分かりだろう。この曲はロックファンなら誰もが知っている「KISSがディスコに魂を売り渡した曲」である。ロック・ファンの憤りをよそに大ヒットしたナンバーであるが、このライヴが行なわれた’79年に発売されたばかりのアルバム「DYNASTY」に収録された曲であり、早速それを自分のコンサートナンバーにしてしまうヒデキの思い切りの良さには惚れぼれする。当時のディスコナンバーというと、現在のクラブミュージックのようなデジタルなものばかりではなく、ソウルミュージックの流れを汲んだフルバンドで演奏されるものが多かった。KISSやQUEENはロックバンドの編成のみでディスコ調の曲を発表して好評を博したが、このライヴでは、そのKISSのディスコナンバーがフルバンドで演奏されているという、逆転現象(といっていいのか微妙だが)が起こっている。必要に迫られて行なったことであろうが、結果的に面白い試みになっていると思う。また、ポール・スタンレーのキンキン声と、ヒデキの太くて甘い声との対比も面白い。

 この曲が終わると、ヒデキのMCが入る。「こんばんわーっ!(こんばんわー)こんばんわーっっ!!(こんばんわー) こんばんわーっっっ!!!(こんばんわー)さすがに男性アイドルのコンサートだけあって、観客は女性ばかりで黄色い声援が飛びまくっている。 「やって来たぞ!第2回目、後楽園球場!!ありがとう!雨の中本当にありがとう!! 今日は嬉しいっ!!このまま雨の中で、俺について来るか!?(きゃああああああっ!!!)よぉぉぉぉし!!まかしとけえっ!!(きゃあああああああああああああっっ!!!)ありがとう。もう、みんなの気持ちがとっても嬉しい。でも、風邪なんかひかないようにね」…完璧である。前半で雄雄しい叫びのようなMCで男らしさを強調し、終盤に一転、ソフトな口調で女性を気遣う優しさを見せる。このときの観衆の女性たちは、もうヒデキに心奪われたに違いない。只でさえヒデキ目的でこの場に集っているのである。あとはもうどうにでもしての俎上の鯉状態であろうことは想像に難くない。男は優しいだけではダメなのである。強さ、逞しさの中に見せる優しさこそが重要なのである。ボッコボコに女を殴ったあとにちょっとした優しさを見せるDV男が女性の心を捕らえて離さないのはその極端な例であるが、ヒデキとは関係はない。「さあ、これからの2時間ちょっとは、皆さんと楽しいひと時を過ごしたいと思います。どうぞ最後まで、宜しくお願い致します」そしてキッチリですます調でのスピーチ。礼儀も弁えてるヒデキの態度に、娘の付き添い出来ているお母さんたちも安心だ。「僕って、意外とロマンチストなところがありましてー、雨の中のデートなんてのも、なかなか乙なものじゃないかと思います」いきなり何を言ってるんだ、ヒデキ。「さぁ、今度はあなたをバラードの世界へお連れしましょう………オネスティ」
 続いては「Honesty」である。ビリー・ジョエルのバラードナンバーだ。日本では「Piano Man」「Stranger」などといった代表曲を差し置いて最も人気の高いと言っていい曲だが、実は他の国では余り人気がない。ジョエルもその辺は認識しており、ライヴでは他国で演奏しなくても、日本に来た時は欠かさず演奏しており、2枚組ベスト盤でも日本盤のみのボーナストラックとして追加収録されていたりする。物悲しいイントロに導かれて、ヒデキが歌い出す。「あなたはこの頃、冴えない顔~♪」………日本語歌詞だ。先の2曲は原曲どおり英語で歌っていたのだが、この曲は日本語だ。確かにこの曲はゆったりしたメロディの割りに歌詞の音が多くて難しい上に、メロディの高低の変化も聴いている印象よりは激しい。この訳詞は音数が少なくまとめられており、格段に歌い易くなっている。そのため、元の詩とはまったく意味が似通ってないものとなってしまっている訳だが、それでいいのかヒデキ!?でも、この措置が功を奏し、朗々と歌い上げている様を聴いていて改めて思うが、ヒデキは結構歌が巧い。この難しい曲も音程を外さないし、声の伸びも素晴らしい。ヒデキとともに新御三家と呼ばれた野口五郎も歌はヒデキよりも巧いし、現在のアイドルとは傾向が違うように感じる。新御三家のもう1人の歌唱については触れないが、その人が一番成功しているんだよなあ。巧けりゃいいってもんじゃないという事であろうか。

 続いても聞き覚えのある有名なイントロで始まった。70’sディスコ・ミュージックの大ヒット曲「Hot Stuff」、ドナ・サマーのカヴァーである。近年でもダイエット・コークのCM曲で使われたので、耳にすればすぐわかるだろう。この曲が意外にヒデキの太い声と合う。日本のソウル・クイーン、和田アキ子の如く力みまくった歌唱で飛ばしまくる。終盤では観客との掛け合いもあり、そこで「アイドルのコンサートだな」と再確認。

 続いては、なんとサザンオールスターズの「いとしのエリー」である。このライヴと同年に発表されたばかりの、サザンの名曲バラードである。早速、自分のライヴに取り入れてしまう姿勢は、ちょっとカラオケ的な感覚もしないでもないし、やはり桑田圭佑の歌唱に較べると物足りないなと言わざるを得ない。次に収録されている「ブルースカイブルー」はヒデキの持ち曲だが、荒天の為上手く録音されず、スタジオ録音の音源に差し替えられているので、ここでは割愛する。

 ライヴ音源に戻ると「さあ、雨もちょっと強く降ってまいりましたけど・・・」ヒデキのMCが入る。「ナニ、雨に負けてたまるもんか―――!!」と、失禁もののフレーズが飛び出し、おれは悶絶した。続いて、CDを聞けばわかると思うが、「8時だヨ!全員集合」に於けるチョーさんと客席のやりとりのようなものがあって「クイーンナンバー、ド~ン・ストッ・ミィ~ナア~ゥ」と怪しげな発音で次の曲をコール。またもQUEENのカヴァーで「Don't Stop Me Now」だ。やはり、ロックナンバーをフルバンドで演奏するというのは、結構な違和感を感じるのもまた事実である。しかも原曲よりもテンポが速いため、やたら歌詞の音数が多いこの曲が更に歌いづらくなってしまっている。ヒデキもキチンと歌ってはいるが、ちょっと忙しい感じがして、本来この曲が持っているノリの良さが削がれてしまっている観は否めない。テンポが速い=ノリがよくなる、というわけではないのである。

 雨音も心なしか強くなってきたように感じる中、物悲しいというには絶望的なイントロが奏でられる。KING CRIMSONの、しかもよりにもよって、この曲がアイドルのライヴで演奏されるのか?「Confusion, will be my epitaph(混乱こそ我が墓碑銘)」という絶望を描き切ったフレーズをアイドルファンが求めているのかどうかは知らないが、ヒデキは「Epitaph」を確かに歌ったのである。このライヴのハイライトであったようだが、曲中に幾度も訪れる静寂のパートに於いても、あの黄色い歓声が聞こえてこない。聞こえるのは雨音、そして雷鳴である。この録音は素晴しくドキュメンタリーである。この名曲を絶唱するヒデキ。しかも、完全に自分の色にこの曲を染めつつも、原曲のイメージを壊さないという完璧な仕事振りである。そして鳴り響く雷鳴。最高のシチュエーションではあるまいか?先述のEL&Pの雨の後楽園球場公演に於いても、この曲の一節が披露されていた。EL&Pのリード・ヴォーカリスト兼べーシストのグレッグ・レイクその人が、クリムゾンに於いてこの曲を歌っていた本人である。ヒデキはそのことを念頭においてこの曲を選んだのか?単なる偶然か?レイクもクリムゾンにて参加した、ロック史上に燦然と輝く名盤「IN THE COURT OF THE CRIMSON KING」に収録された名曲群の中から、何故この「Epitaph」の一節をEL&Pのライヴで披露したのか?思いを巡らすのもまた一興である。
 実は70年代の邦楽アーティスト、しかもロックと関係ない人たちが、やたらに「Epitaph」を己のコンサートで演奏しているという事実がある。往年のジャニーズ所属のアイドルグループ、フォーリーブスもカヴァーしていたりする。某サイトで試聴したことがあるのだが、バックバンドがいい仕事をしているのに耳が奪われるが、北公次なりのグレッグ・レイク的歌唱の解釈で歌っているのだろうか、「ブルドッグ」と同じ人達がやってるとはちょっと信じられなかったり。しかも、ピート・シンフィールドの幻想的な歌詞世界に対抗しようとしたのか、「青い空のかけらが落ちてくるよ」などというオリジナル日本語歌詞がインパクト大。
 更に「Epitaph」のカヴァーとなると、双子のヴォーカルデュオ、ザ・ピーナッツも自身のコンサートで披露している。このコンサートも「オン・ステージ」というライヴ盤に収められているのだが、これも1曲目からURIAH HEEPの「Look At Yourself」のカヴァーで幕を開けるという、なんとも意外な取り合わせである。ヒデキ同様、フルバンドの演奏に、ザ・ピーナッツの例の完璧なハーモニーヴォーカルによるカヴァーなので、ロックっぽさのかけらもないものとなっているのが面白い。一体誰の趣味でこういう選曲になったのか興味深いが、果たして、ザ・ピーナッツを観に来て、ユーライア・ヒープの対自核が披露されて、客はどう思ったのか非常に気になる。「Epitaph」はバックの重厚な演奏にピーナッツの圧倒的な歌唱力があいまって、なかなか凄いものに仕上がっているのだが、歌謡曲とロックのズレというものが垣間見えるものとなっている。なんだか、ヴォーカルと演奏がずれているように聴こえるのだ。おそらく、バンドもピーナッツも楽譜どおりに完璧な演奏と歌唱をしているはずであるが、、ロックやジャズは五線譜の表記には書き表されていないような、微妙な揺らぎが存在しているとよく言われている。いうなれば、ロックの方がずれているのであるが、ロックの方がオリジナルの曲である以上、ピーナッツの方がずれているように聴こえてしまうのではないだろうか。このライヴは岸部シローが司会をしていて、CDにもそのしゃべくりが収録されているのも興味深い。

 さて、ヒデキに話を戻すが、このライヴのハイライトとなった「Epitaph」について書いたので、あとは内容をかいつまんでおく。
 VILLAGE PEOPLEのディスコ・ソングのカヴァー「Go West」を日本語歌詞で披露。2006年サッカーW杯のテーマ曲で、PET SHOP BOYSがカヴァーしたヴァージョンが有名である。
 「I'll Supply The Love」はバカテクバンドTOTOのカヴァーであるが、見せ場はヒデキよりも、バックバンドの演奏の方であろう。やはり、基本がジャズ畑のビッグバンドである。ロックとジャズの基礎演奏力の差というものをどうしても感じてしまう。この大所帯の演奏者が、あの難フレーズを一糸乱れぬさまで演奏しきってしまうのだから。でもまぁ、ロック的なダイナミズムの方が好きだけれども。
 「Chant...Comme Si Tu Devais Mourir Demain」はミシェェル・フュガンのカヴァー。フレンチ・ポップであるがヒデキも自身のヒット曲「傷だらけのローラ」の如く、搾り出すような慟哭の歌を聴かせている。ミシェル・フュガンの曲はこの頃よくサーカスがカヴァーしていて、その曲がCMに使われたりと、当時はかなり日本での知名度は高かったそうで、ヒデキもその波に乗ったのだろうか。

 そして、ご存知「Young Man(Y.M.C.A)」。ヒデキ自身のヒットナンバーであるが、「Go West」同様、VILLAGE PEOPLEの「Y.M.C.A」のカヴァーである。このライヴの年に自身の最高の売上げを記録したこの曲で、会場のヴォルテージも最高潮。「素晴しい♪ワーイエムスィエイ♪」のところでは5万人の大観衆が「例のパフォーマンス」をしたであろう事が容易に想像できる。憂鬱など吹き飛ばして元気が出ること受けあいだ。
 この曲のオリジネイターであるVILLAGE PEOPLEはゲイ集団とされており、ゲイをターゲットとした楽曲で全世界にヒット曲を飛ばしたグループだが、メンバーがリアルでゲイであったかどうかは定かではない。その中でも最大のヒット曲である「Y.M.C.A」のタイトルは「Young Man's Chrstian Association(キリスト教青年会。女性版はY.W.C.A)」の略称であり、主にこの団体が経営する男性向けユースホステル(若年層向けの安価な宿泊施設)の事を指している。YMCA(のユースホステル)は基本的に相部屋であり、日本で言うところのハッテン場になってしまっているのだ。アメリカのスラングで、Y.M.C.A=ゲイとなっており、要は当時は現在以上に差別的な境遇にあったゲイの解放運動の歌のようなものなのである。ヒデキは多分ゲイではないのだろうけど、このライヴアルバムのブックレットの写真を見るにつけ、フレディ・マーキュリー(この人もゲイ)のような全身タイツを着用している写真もあり、ううむと思ってしまう。何故この曲をカヴァーすることになったのかはよくわからないが、ヒデキの影響で日本人はこの曲にゲイのイメージは余り持っていないようである。おれも子供の頃、無邪気に「わーいえむしえー」なんてお遊戯でやらされてた気がするし。
 今や、世界中のクラブでスタンダートとなったこのナンバー、もはやヘテロもゲイもなく、世間一般に愛される曲となり、この曲のコーラスの部分にかかると「Y」「M」「C」「A」と両腕でアルファベットを形作るパフォーマンスを皆行なう訳だが、実は、あのパフォーマンスは元々VILLAGE PEOPLEが行なっていたものではなく、ヒデキのパフォーマンスが元祖だったのである。VILLAGE PEOPLEが来日した際に、自分たちの曲でヒットを飛ばしたヒデキと面会し、そこでヒデキが例のパフォーマンスを伝授し、その後VILLAGE PEOPLEが世界中で行なったライヴにてそのパフォーマンスを広めたのである。ヒデキ、恐るべし。
 この雑記(現在註:このブログとは別)で以前紹介したバカ映画「ウェインズ・ワールド2」でも、主人公たちがゲイクラブに迷い込んだ際、ゲイのDJがかけた曲が「Y.M.C.A.」であったことからも、Y.M.C.A.=ゲイなのは疑う余地もない。日本語訳字幕担当者もかなり悪ノリしており、「素晴しい YMCA YMCA まるで天国 男の園 何でもできるのさ 素晴しい YMCA YMCA 一緒のお風呂 楽しい食事 何でもできるのさ」と、とんでもないものになっている。実際の歌詞もそんなにあからさまではないものの、あながちまるっきり見当違いというわけでもないのも確かだが。そしてこの映画でもヒデキ発祥の例のパフォーマンスが披露されており、ヒデキの影響力の凄まじさがよくわかる。

 そして、ライヴもエンディングを迎える。最後の曲もカヴァー曲。ロッド・スチュワートの「Sailing」である。全英一位を獲得したヒット曲ではあるが、これも現在はCMの影響で、日本では彼の代表曲である「Do Ya Think I'm Sexy?」なんかよりも一般によく知られているスチュワートの曲となっている。豪雨の中2時間も声を張りあげ続けていたにも拘らず、ヒデキの声が衰えることはなく、最後のこの曲も存分に声を張り上げて絶唱したのであった。
 そして「こんなに幸せな僕はいません!!」「僕が幸せになれば、皆さんにも幸せになってもらいたい」「これからが僕の本当の人生が始まると思います」などと活字にするとなんか変だが、聞く分にはとても感動的な謝辞を述べ、最後に「Sailing」のテーマメロディをヴォーカリーズで会場中で合唱し、このショウの幕は閉じるのであった。
 このライヴが収められたビデオもあるという話だが、観てみたいなぁ。
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