FC2ブログ

パガニーニの末裔 ~ 魂編

 (前回の続き)一方、本物(というのが相応しいかどうかはともかく)のパガニーニだが、「24の奇想曲」は当時のギターキッズの必聴盤となっており、先述の如く、奇想曲らしきフレーズを弾くメタルギタリストがやたら現れた。特に奇想曲の5番と24番が人気で、かつてマーティ・フリードマンと超高速ツインギターのバンドCACOPHONYを組んでいた技巧派ギタリストのジェイソン・ベッカーもこの曲を好んで弾いていた。彼はその後DAVID LEE ROTHバンドに加入するが、その時期にALS(筋萎縮性側索硬化症)になってしまい、ギターの演奏はおろか、立ち上がることすら出来ない体になってしまった。
JASON BECKER「24の奇想曲 5番」


 元SCORPIONSの孤高のギタリスト、ウリ・ジョン・ロート(ウルリッヒ・ロート)も奇想曲の5番をモチーフにした「Paganini Paraphrase」という曲を録音している。70年代に既にペンタトニックに拘らないフィンガリングや、スウィープピッキングを用いた高速アルペジオを実践していることから、「イングヴェイはウリのモノマネ」みたいなことを言う人がいるくらい、先進的なギタリストであったし、イングヴェイも当然影響は受けており、本人もそれを認めている。もっとも「モノマネ」というほど似ていないのが実際のところではあるが。しかし、70年代から80年代前半のウリはクラシック的な要素は限定的だが、東洋音楽のエッセンスを取り入れた上で、それこそ「ジミヘンのモノマネ」というくらいジミヘンに傾倒しており、ジミの恋人で、ジミが死亡した時も一緒の部屋にいたというドイツ人画家のモニカ・ダンネマンと永年内縁関係を続けた(モニカの自殺により、関係は終わる)ほどである。モニカを通じてジミが実際に使用した黒いストラトを所有しているのも流石だが、90年代頃から一気にクラシック寄りの楽曲の演奏に傾倒するようになる。
ULI JON ROTH「24の奇想曲5番~ベートーヴェン交響曲9番」


 変わったところでは、スティーヴ・ヴァイも奇想曲5番を演奏している。もっとも、映画のサウンドトラックで使用された音源であり、求められたから作っただけというものかもしれない。ご存知のとおり、元々はフランク・ザッパ一味で、アヴァンギャルドなギター音楽を追求していた彼だが、イングヴェイの後任としてALCATRAZZに加入した後、ザッパ時代に培ったアヴァンギャルドな要素を主張しつつも、へヴィ・メタルのフィールドで永年活躍する事になった。ALCATRAZZで製作したアルバム「DISTURBING THE PEACE」に於いてはヴァイの持ち味を充分に活かしたポップな楽曲と、それにフィットしたギタープレイが聴けるが、ライヴではイングヴェイの曲も演奏しなければならない。そこでヴァイはイングヴェイの曲をコピーする作業をしたのだが、それが思いの他楽しかったらしい。フルピッキングで弾くのが無理だと思ったところはタッピングを交えることでこなすなど、ヴァイらしさを注入しながらの作業であった。この過程で所謂「ネオクラシカル」という要素を吸収したのだと思われる。その後、特にそういった要素を表に出したわけではないのだが、「クロスロード」なる映画に「主人公とギターバトルする悪役」として出演、そこで「主人公」がパガニーニの5番を弾くシーンがあるのだが、実際に音源に於いて演奏しているのはヴァイなのである。
映画「クロスロード」ギターデュエル

 この映画のこのシーン、元々クラシックギターを学んでいるが本当はブルーズ好きの少年ユジーン(ラルフ・マッチオ。「ベストキッド」のダニエル少年を演じた人)が、ロバート・ジョンソンと契約をした悪魔からウィリー・ブラウン(実在したロバート・ジョンソンの師匠であり、設定上、主人公の師匠でもある)の魂を救うために、悪魔の手先であるところのジャック・バトラー(スティーヴ・ヴァイ)とギターバトルをするという、字面だけではなんかよくわからん設定であるが、ヴァイのブルーノートを交えた弾きまくりギターに、ブルーズ好きの黒人たちがノリまくりというのが面白い。「速弾き=悪」という固定観念のある日本のブルーズ好きが観たら卒倒してしまうんじゃないかという、ある意味、痛快なシーンである。圧倒的にノリのいいジャックのギターに追い詰められたユジーンは、最後にクラシックの曲であるパガニーニの「24の奇想曲 5番」を弾く。ジャックはそれを弾こうとするが、難しくて弾けず、最後はギターを捨てて去ってしまい、ユジーンが勝利したという訳だ。ユジーンが弾いている音源は実際はライ・クーダーが弾いているのだが、この奇想曲のところだけは先述のとおり、ヴァイが弾いているのである。実際は弾けるんだけど、役柄上弾けないという事情を見るとなんか複雑である。この映画を観たデイヴィッド・カヴァデールがヴァイに惚れこんでWHITESNAKEに加入させたという。それで出来たのが「世紀の迷盤」だの「不当評価に晒された隠れた名盤」だの、ファンの間でも賛否両論が飛び交うアルバム「SLIP OF THE TONGUE」である。カヴァデールは「あの映画を観てヴァイはブルーズでもイケると思ったんだが…」などと意味不明な事を言っていたが、おれはメタラーとはいえ、メタルの人が言うブルーズのどこがブルーズなんだか良くわからないというのが本音である。ごく初期を除いては、WHITESNAKEも言われるほどブルージーではないし(「READY AN' WILLING」だってそんなにブルーズっぽくないと個人的には思う)、その他のカヴァデール関連でいえば、DEEP PURPLEの「Mistreated」がブルーズなどと言われているのか、未だに腑に落ちていないので、彼の言うブルーズがなんなのかをまず実感しないといけないのかな、と思う。

 「ブルーズ映画でなんでパガニーニなんだ?」という意見が公開当時やたらあったのだが、実はこの2つには共通点がある。「悪魔に魂を売った事で作られた音楽」とされていたのである。ロバート・ジョンソンの「クロスロード伝説」と呼ばれる逸話があり、この映画の題名の由来もそれであろう。内容は「真夜中の交差点でギターを弾くと悪魔が現れ、彼と契約すると、たちまちギターが巧くなる」というものである。字面で見る限りバカっぽいが、そのくらいジョンソンは短期間にギターが上達し、当時としては巧みな技術を持っていたということであろう。交差点云々は彼が作ったブルーズの名曲「Cross Road Blues」(CREAMなどが「Crossroads」という曲名でカヴァーしている)に由来するのだろう。勿論、与太話のひとつであり、本気で信じられていたどうかは良くわからないが、当時のアメリカ社会での黒人差別等も絡んで、「ブルーズは悪魔の音楽」と呼ばれていた事からも、そういうことにしたいという当時のアメリカ社会の要求があったに違いない。
 パガニーニはそれまでにない高度な技術によってヴァイオリンの表現の幅を一気に広げたが、その不気味な風貌(そういやマルコ・パガニーニの顔も不気味といえば不気味だ)と、あまりにも常人離れした演奏技術が相俟って、「彼は悪魔に魂を売ったのと引き換えに、ヴァイオリンの技術を手に入れたに違いない」と噂された。生来、病弱であったために痩せこけて肌の色も煤けたような感じだったのだが、その癖、飲む打つ買うの三拍子が揃っているというのだから性質が悪い。博打が好きで度々楽器を取られる羽目になったという。ナポレオンの2人の妹とほぼ同時に付き合ったり、度重なる娼館通いで梅毒を患ったり。そして阿片中毒。完全無欠のロックンローラーである。その一方、ビジネスライクな興行師としての一面を持ち、非常に金銭への執着を強く持っていたという。そういった素行の悪さもあってか、悪魔云々の話は半ば本気で信じられてしまい、彼が死んでも教会は彼の埋葬を拒否。彼の亡骸が墓に入ったのは実に死後86年を経過した後であった。
 このような「悪魔と取引した音楽」という共通点から、この映画ではパガニーニとロバート・ジョンソンを取り上げる事になったのであろう。納得である。
 
 さて、メタル界にパガニーニを流行らせた原因であるイングヴェイはどうなのかというと、あまりパガニーニの曲を演奏するということはない。確かにライヴで「Far Beyond The Sun」を演奏する際、冒頭に「ヴァイオリン協奏曲4番」“らしき”フレーズを弾いて、その後にアルビノーニの「アダージョ」“らしき”フレーズ(ソロ1stアルバム収録の「Icarus' Dream Suit Opus.4」で演奏しているフレーズ)を繋いで、「Far Beyond The Sun」本編にはいるというお決まりのパターンは存在するが、これはあまりにも原型を崩している。ある程度忠実に演奏しているものとなると、バッハの「バディネリ」や「G線上のアリア」「ブーレ」、ヴィヴァルディの「カンタービレ」など、バロック期の小品を好んで演奏するようだ。パガニーニでも「奇想曲24番」を「Prophet Of Doom」のソロの冒頭で弾いているが、イマイチこのフレーズをこの曲に当て嵌める意味が良くわからないというのが個人的な感想だ。同じく「奇想曲の24番」を唐突に当て嵌めているというのでは、キコ・ルーレイロが演奏するANGRAの「Angels Cry」もそうであるけれども、「Prophet Of Doom」みたいにストレートなハードロックではなく、複雑な曲構成になっているためか、それほど違和感がないように感じる。ぶっちゃけて言うと、イングヴェイの演奏するクラシックはそれほどいいものではないような感じがするのだ。ライヴで「Black Star」の前に演奏するのが定番となっている「G線上のアリア」などはかなりいいアレンジなのだが、ボディの薄いオヴェイションのエレガットをフラットピックで弾いているので、どうしてもバチンバチン鳴るピッキングノイズが気になる。この曲に限った事ではないのだが、彼がライヴで演奏するアコースティックナンバーはそういう感じなので、指で弾くか、昔のように金属弦のギターで弾いてくれればいいのにといつも思ってしまう。上記のギタリストたちが好んで弾く奇想曲第5番もインタヴューを受けながら流麗に弾くらしいのだが、「これは14番だ」などとすっとぼけた事を言ってしまうのがイングヴェイである。インタヴューアが「いや、これは5番ですよ」と言うと「えっ?そうなの?」と、曲名なんかどうでもいいといった感じである。要するにこの人のクラシックというのは、それほど深くクラシックを追求したものではないということだ。あくまでもロックギターが主体であって、その幅を広げるのにたまたまパガニーニやバッハという素材があったので、それをロックギターに組み込んでみた、ということなのだろう。だから「クラシカルなハードロックギターのフレーズ」を弾かせるといいのだが、そのまんまクラシックの曲を弾かれてもそんなに良くは思えないのかもしれない。やはり基本はワイルドなロック野郎ということなのだろう。「バロックンロール」とはよく言ったものである。バロックだとパガニーニは全然関係ないが、バッハやヴィヴァルディも好きだからいいじゃん的な、その姿勢こそがイングヴェイの個性になっているのではなかろうか。

 実際にパガニーニの楽曲を聴くときにおれが好んで聴いているのは、グラモフォンレーベルからサルバトーレ・アッカルドの演奏するパガニーニ曲を集めた6枚組BOXである。
paganini03.jpg paganini04.jpg

 おれはあまりヴァイオリンの独奏曲が好きではないので「奇想曲」はそれほど聴かないのだが、パガニーニの「ヴァイオリン協奏曲」は曲自体が非常にいいので、好んで聴いている。なんだか心がウキウキしてしまうような明るい主題に導かれて始まり、途中のソロでこれでもかと技巧をいやらしいばかりに見せ付けるという、パガニーニの中にある作曲家と演奏家の部分の鬩ぎあいが見られる協奏曲1番の第1楽章や、イタリアのトラディショナル曲をアレンジした協奏曲2番(「ラ・カムパレラ」といえば皆さんわかると思う)の第3楽章は本当に聴きやすい中に超絶技巧が織り交ぜてあって、本当にたまらないものがある。
 「ラ・カムパネラ」というと最近はピアニストのフジコ・へミングのドキュメンタリーの影響で、どちらかといえばリストのピアノ独奏曲の方を思い浮かべるかもしれないが、もともとはリストがパガニーニのヴァイオリン演奏会を実際に観て衝撃を受け、それをピアノでやってやろうとして作ったものであり、いわゆる「パガニーニによる練習曲集」(パガニーニ・エチュード)の中の1つに「ラ・カムパネラ」がある。その中でまた、練習曲集の譜面がとても人間業とは思えないような作りになっており、特に初版を「超絶技巧練習曲集」、やや平易になったといわれる(それでも難度は極めて高い)第2版を「大練習曲集」と呼ぶが、「超絶技巧練習曲集」を録音したピアニストは3人だか4人だかしかいないとされている。おれも大井和郎とペトロフの「超絶技巧練習曲集」が収録されているCDを聴いたが、凄すぎてピアノを弾いている人にしかピンと来ないのでは?という代物であった。フジコ・へミングのカムパネラは所謂「大練習曲集」の方であるが、これは非常に人気がある。勿論、ドキュメンタリー映像の感激というのが加味されているのもあるのだろうけど、ミストーンお構いなしで弾きまくるその感情のほとばしりに圧倒されてしまう。技巧優先の曲であろうと、演奏者取り組み次第では同じ曲でも受け手の聴こえ方が全く変わってくるというのが、非常に当たり前のことだが、クラシックの面白いところではある。単なる譜面の解釈ではなく、作曲者の人生の解釈を自分の人生の解釈に転化してしまっているのである。最近、パンクの人と話をしたときに「クラシックは元にある譜面をただ弾くだけのジャンル」みたいな事を言っていたので、それは違うと言っておいたが、そこいら辺をもっとキチンと説明してなかったな、とちょっと後悔している。以前、ショパンを採り上げた時も書いたが、クラシック界こそ奇人変人の見本市であり、GGアリンクラスのガイキチが跋扈する百鬼夜行の世界なのである。そういった人間が、日夜「自己表現」として譜面の解釈やら、演奏の技法を試行錯誤しているのであるだから、とんでもない。前述のとおりのニコロ・パガニーニのロケンローラー振りもまた然り、である。


 ユリア・フィッシャー ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 「パガニーニ/ヴァイオリン協奏曲第2番 第3楽章」

※別に、ユリア・フィッシャーが奇人変人というわけではなくて、視覚的にわかり易いパガニーニ曲のヴァイオリン演奏技巧の例なので紹介。ギタリストからすると全く訳のわからない左手のピッチカートとか。ただ、最後の方を何小節かすっ飛ばしている気がする…
スポンサーサイト



プロフィール

でー

Author:でー
メタルとか他いろいろなことを
法螺や誇張を交えてつらつらと

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR