FC2ブログ

You know LEMMY 's born to lose, and he didn't wanna live for ever.

「Hello! We are MOTORHEAD. We play rock n' roll !」
 ステージ上のレミーがぶっきらぼうに言うと、おもむろに強烈に歪んだベースの音で「Iron Fist」を弾きだす。あとはもうあっという間の60分。ぎゅうぎゅう詰めのアリーナの中のエントロピーは増大しっぱなしで混沌の度合いを増していく。幾人の肩や肘がおれの体のそこかしこに食い込んでいき、何人ものクラウドサーファーに頭を蹴られまくる。それなのに全く不快感がないのは目の前でモーターヘッドが、そしてその権化であるレミーが極上のロックンロールを奏で、そしてがなりたてているからだ。
MOTORHEAD 「Iron Fist」


 2010年10月、さいたまスーパーアリーナで開催されたラウドパーク2日目の開演前、物販の列に並んでいたおれのお目当てのグッズはMOTORHEADのTシャツ。ロゴとSnaggletoothがプリントされたTシャツが完売したのはおれがまだ列に並んでいる最中のときであり、最後の1枚であろう壁に吊るされていた展示見本が取り去られる。「あちゃー」と思ったが、なんとかロゴと「The World Is Yours」の文字、そして鉄十字章と短剣の上にSnaggletoothがプリントされたTシャツをなんとか購入することができた。欲しかったSサイズは売り切れていたのでMサイズのものであったが。前日に購入したSPIRITUAL BEGGARSのTシャツを着て参戦したその日、SPIRITUAL BEGGARSのステージをアリーナで観たあと、友人のいるスタンド席へ行き、預かってもらった荷物から先刻購入したMOTORHEADのTシャツを取り出してそれに着替え、またアリーナに戻り、隣のステージで奮戦するANGRAのステージを見ながらMOTORHEADの登場を待った。ステージの上に独特の刻印が施されたマーシャルの三段積みのベースアンプが見えると、厭が応にも期待感が高まる。そしてテンガロンハットを被ってリッケンバッカーのベースをぶら下げたレミーが姿を表すと、会場全体から歓声が沸き上がったのだった……
 ライヴの終盤、問答無用の名曲「Ace Of Spades」が演奏されるとただでさえ高まりきっていた会場のヴォルテージが限界突破。おれは曲中少ない酸素を奪うために顔を真上に上げながら「The Ace Of Spades ! The Ace Of Spades !」と叫び、ブレイク部での「You know I'm born to lose, and gambling's for fools, But that's the way I like it baby, I don't wanna live for ever ……And don't forget the joker!」の部分を息を切らしながらあらん限りの声を振り絞った。この曲が終わったあと、アリーナから「オーバーキル!オーバーキル!」の大コールが起こり、レミーが険しい表情から一転して笑顔を見せると、また真顔に戻る。その途端ミッキー・ディーがドラムを連打しラストの「Overkill」に雪崩れ込む。この畳み掛けはまさにOverkill(過剰殺戮)そのもの。終盤のソロで演奏を止め、レミーが人差し指を立てながら会場を見回し我々を焦らしまくる。そして再び演奏が再開され会場の熱狂が青天井となったところでこの嵐のようなステージが終了した。これがおれにとって最初で最後のMOTORHEADのライヴ体験だった。
 この日のトリを務めたオジー・オズボーンがアンコールで歌って会場中を涙で包んだ名バラード「Mama I'm Coming Home」はオジーとレミーの共作曲だったことも付記しておく。
MOTORHEAD 「Ace Of Spades」


MOTORHEAD 「Overkill」


OZZY OSBOURNE 「Mama, I'm Coming Home」

※オジーの第1回引退作「NO MORE TEARS」ではこの曲の他、「I Don't Want To Change The World」「Desire」「Hellraiser」の4曲をレミーが共作している。そのうち「Hellraiser」はMOTORHEADでセルフカヴァーもしている。

 2015年11月。先月のことだが、「MOTORHEAD」「OVERKILL」「BOMBMER」「ACE OF SPADES」「IRON FIST」などなど、初期の名作アルバムで活躍したMOTORHEADの歴代のドラマーで最も印象が深いであろうフィルシー・“アニマル”・テイラーが亡くなった。その死を悼んだアイアンフィスト辰嶋さんのたっての希望で半田商会が今年12月23日開催のBLACK XMASに於いてフィルをフィーチュアしたパーカーを作成した。おれは今年は出演しなかったものの、イベントを観に行って、会場に到着したと同時に辰嶋さんと半田さんがいる物販スペースに向かい、パーカーをゲットした。この日のDIE YOU BATARD!の最後のナンバーは勿論「Iron Fist」のフルブラストヴァージョン。その翌日の12月24日クリスマス・イヴがレミーの70歳の誕生日だった。
 bxmas201502.jpg bxmas201501.jpg
※DYB!謹製フィル追悼パーカーと、フィルを悼むMCをする辰嶋さん
 
 昨夜行われた平ハウスの忘年会的な飲み会におれはラウパーで購入したMOTORHEADのTシャツ(その下にはレミーがローディをしていたというジミヘンがプリントされたバートンの防寒ロンTを着用)と、BLACK XMASでゲットしたフィルのパーカーを着て、まさにモーターヘッド全開の恰好で参加していたのだが、まさかこの時レミーが往生際にあるとは思いもしなかった。そして先ほど彼の訃報を目にした。なんでも、テレビゲームで遊んでいる最中に息絶えたとのことであり、なんともレミーらしい一筋縄ではいかない死に様であったが、フィルが亡くなってまだ1ヶ月しか経っていないのに、まさかその後を追うようにレミーまで逝ってしまうとは……
MOTORHEAD 「Bomber」


 以前も書いたが、震災の日に届いた「極悪レミー」のDVD、震災の日から数日に渡る停電から復旧した時に真っ先にやったことがこのDVDの鑑賞だった。糖尿病を患いながらも“コーラのジャックダニエル割”(ジャックダニエルのコーラ割ではない)を流し込んでいたレミー。「あんな生活をしているのに、長生きできる秘訣はなんですか?」との問に「死なないことだ」と答えたシーンが、余震が間断なく続き原発事故の不安に苛まれる中にあってどれだけ心の支えになったことか。そんなレミーも今年になって健康不安が一段と悪化しているニュースはよく聞かれた。ライヴでのスピードナンバーの割合を大幅に減らしたこと、標高の高い会場では体力が持たないということでライヴをキャンセルしたことなど。その一方、フジロックに出演するために来日して、真っ昼間からテンガロンハット姿で上野の飲み屋で杯を傾けている写真などを撮ったりしていて、「それなりに元気」な印象を我々に与えていたレミー。彼が70年も生きながらえて生涯現役で在り続けたこと自体が本当に奇跡のようなライフスタイルだったので、いつ死んでもおかしくないと思う一方、いつまでも死なずに生き続けるんじゃないか?という幻想さえ抱かせ続けたロックンロールのアイコンであったレミー・キルミスター。ロックンロールが存在する限り、彼の存在は永遠不倒であり続けるに違いない。そして今日は世界中でジャック・ダニエルの瓶が史上最も多く空になる日であろうことも確定的に明らかである。おれも今日の仕事が終わったらジャックダニエルとコーラを買いに行って「極悪レミー」を観ながら献杯することにしよう。
MOTORHEAD 「Motorhead」

※バンド名を冠したこの曲は元はレミーが所属していたサイケデリック・ロックバンドHAWKWINDに於けるレミー作の同名曲のセルフカヴァー。
スポンサーサイト



感動のVENOM inc.東京公演

venomincticket.jpg

 横浜に出張したついでにVENOM inc.のライヴを観てきた。なかなか週末にライヴを観に行く機会などないので、このタイミングでVENOM inc.が来日公演を行なうというのは非常に幸運だったと言えよう。
 それにしても、横浜で元アップルジャパンCEOの山元賢治氏の講演を聴いた直後にその足で原宿へ行ってアストロホールでVENOM inc.のライヴとは、自分のことながらやたら落差……じゃないな、起伏が激しいというか振れ幅の大きい生活してるなあと妙に感心してしまう。まぁ、この公演のオープニングアクトを務めるSIGHの川嶋夫妻ほどではないだろうけれども。
 
 「VENOM inc.って、なんだか“でんぱ組.inc”みたいだなぁ」とは同行した友人Mくんの弁。そもそもVENOM inc.とはなんぞや?というと、現在はGREAT WHITEとかQUEENSRYCHEとかRHAPSODYなどに見られるようなよくあるケースだが、VENOMが2つに分かれてしまっているのである。エクストリーム・メタルの祖であるところのVENOMのオリジナルメンバーはベース・ヴォーカル兼任のクロノス、ギターのマンタス、ドラムのアバドン、という今の感覚で言えば中二病丸出しの超かっこいいステージネームを持った3人のナイスガイ達であるが、現在“VENOM”名義のバンドにいるのはクロノスである。そして別バンドであるM:PIRE OF EVILというバンドをマンタスがやっており、そのバンドのベースヴォーカルがVENOMの2代目ヴォーカリストのザ・デモリション・マン(以下デモリションマンと表記)であった。そしてM:PIRE OF EVILにアバドンを引き込んで、VENOMナンバーを演奏するために結成されたのがもう一つのVENOMである“VENOM inc.”というわけだ。名称からして本家なのは勿論クロノスのいるVENOMの方なのだが、所謂“VENOM度”が濃いのはオリメンが2人もいて、しかももう一人が2代目メンバーであるところのVENOM inc.なのかもしれない。
 この2つのバンドの最大の違いが「現在も新曲を生み出して、ライヴでもそれを積極的に披露している」のと「新曲を作らず、昔の全盛期のおなじみのナンバーばかりをライヴで披露する」という点にあるだろう。どう考えても一般的には前者のほうが素晴らしく、後者のほうが後ろ向きなのであるが、VENOMに関して言えば後者のほうが前向きであるとも言えなくもない。後追いのおれが何を言っても詮ないので、リアルでVENOMの初来日公演を見た方の文章を読んでいただくのが一番良かろう。……とまぁこんな感じで本家は現役感にこだわるあまり、ファンの要望に充分に答えているとは言い難い状況なのである。新作が格好良ければ問題ないんだろうけれど。

 さて、公演について。今回は撮影が全面的にOKだったのだが、デジカメを家に忘れるという痛恨のミス。タブレットも先の山元氏の講演の撮影やら、電車の乗り継ぎの確認やらで酷使した末の電池切れ。よって画像はなしである。残念。
 前述の如く昨年のEMPEROR来日公演に引き続き、オープニングを務めたSIGH。会場に入った時から場内BGMでSIGHの新作「GRAVEWARD」の曲が鳴っている。というか、アルバムをそのままかけっぱなし。すると、ステージ上にサトシさんが登場し、ベースのサウンドチェックを始める。何気にこの人はSIGHの英文FBでいじられキャラとして海外のファンから人気がある。続いてドラムの原島さん、ギターの大島さんが登場し、サウンドチェックし暗転。今回はいつもの祭壇が作られておらず、火吹きとかどうすんだろ?と思っていたところに川嶋さんが登場し、いきなり毒霧吹きのパフォーマンス。この人のことだからムタじゃなくてカブキの方を意識しているのだろうなぁと思う。前回同様1stアルバムの1曲目「A Victory Of Dakini」でスタート。曲の途中からミカンニバル博士が出てくるのも、彼女が頭巾にマント姿でその下が腹出し衣装なのも同様。今回はお産が済んで普通のお腹になっていたのが前回との最大の違いであった。そのあと立て続けに1stから曲順通りに「The Knell」「At My Funeral」を演奏し、すわ1st再現公演か?でも20周年でやったのに今やるのもなぁ、と思っているところに川嶋さんのMC。「1stアルバムの『SCORN DEFEAT』から3曲やったけど、実はVENOMの歌詞からこのタイトルをパクったんですよね」というと、会場が笑い声に包まれる。VENOMの1st「WELCOM TO HELL」のタイトルチューンの女性のナレーションがかぶさっているところの歌詞「Leave your souls at his feet. Kiss the flames. Scorn defeat」から拝借したわけである。それは気付いてはいたが、それでこの選曲かナルホド、と腑に落ちたところでEP『葬式劇場』から「真言立川」がプレイされる。ミカンニバル博士加入前のナンバーながらサックスをフィーチュア(と言ってもスタジオヴァージョンではシンセのサックス音……だと思う。間違ってたらすみません)していた曲なので、この曲では博士のサックスが活躍。そして、仰々しい近代日本的オーケストレーションの「The Soul Grave」が続き、今度はお馴染みの博士の妖艶な血糊パフォーマンス……だが、なんか血糊が少ない感じ。いつもみたいに顔から体の前面を真っ赤に染めるほどのものではなかったように見えた。続いて新譜から「The Forlorn」が披露され、超低音のコーラス部分を博士が歌っててちょっとびっくりする。そして川嶋さんがMCで「今日は火吹きやんないの?って感じだけど、会場から『火吹きは絶対死んでもダメです』と言われているので……まぁ、いつもならそんなの気にせずやっちゃうんですが、火を吹いたせいでVENOM inc.のライヴが中止になったら、俺が死んじゃうんで……」と説明。ナルホド、それで血糊も加減したのかな、などと思った。後で川嶋さんのTwitterを見たら「火使わなかったのに、結局血糊を怒られました。」と書かれていた。あちゃー。「それじゃ、あと2曲」と言って『HANGMAN'S HYMN』から「Introitus / Kyrie」と「Me-Devil」を演奏して川嶋夫妻がSIGHの幟を掲げて終了。

 今回の注目もいわき在住の大島さんのギタープレイだが、さすがに今年に入ってヨーロッパのフェスの大会場を何度か経験しただけあってかなりの余裕が見られる。前回もそうだったが、前任の石川さんがTシャツ+ジーンズの普段着ファッションだったのに対し、大島さんはヒラヒラのステージ衣装をまとっており、これまでの川嶋夫妻+楽器隊普段着3人から、フロントマン3人の衣装組+リズム隊普段着2人(原島さんはテンガロンハットかぶってるやんけ、となったらサトシさんが独りぼっちになってしまうので敢えてこちら側に。ただでさえ石川さんが抜けて“一人だけ島(嶋)抜きの姓”になってしまったのに)とパワーバランスが逆転し、今回は大島さんが目貼を入れるなどしてより魅せるフロントマン意識が感じられる。ギタープレイも流麗そのもの。右手でネックを掴んでミュートしつつのトリルや、タッピングなどのレガートプレイ、オリジナルを大幅に改変した弾きまくりのソロなど、もはやこのバンドに定着したと言って良いだろう。前回と違っていたのは、アンプがドライヴチャンネルだったところか。足元(エフェクター)が自分の位置では見えなかったのが残念。多分最前列でもモニターの影だったので見えなかったと思うけど。
SIGH 「Me-Devil」

※今年ベルギーで開催されたメタルフェス「GRASPOP METAL MEETING」でのライヴ


 SIGHが引っ込むと、ステージに暗幕が張られ、その向こう側でVENOM inc.が準備をしているのだろう。BGMは相変わらずSIGHの新譜がリピートされている。場内BGMって普通いろんな人の曲をかけるもんだと思っていたが、アルバムをずっと流しっぱなし、しかも出演してる人たちの、っていうケースはおれが寡聞にして聞かないってだけで、それなりにあることなのだろうか?などと思いつつ周りを見回すと、結構な客入りで安心する。知り合いがいないか探すが特に見当たらず。ただ、全く面識のない兀突骨の高畑さんらしき人を発見すると、会場が暗転し、一気に大歓声が湧き上がる。

 そして暗幕が落ちるとものすごい量のスモークが焚かれていてステージがよく見えない。しかも向かって右側の暗幕が引っかかったまま落ちず、スタッフが慌てて暗幕を落としにかかる。すると、ステージ上にデモリションマンらしきベースを抱えた男が霞の中から現れベースを爪弾き出す。そして、マンタスがギターを持ってステージ中央に躍り出てギターリフを弾くと、霞がかって見えないドラムセットの向こうにいるはずのアバドンが相も変わらず怪しげなというか危なっかしいビートを叩き出す。初期VENOMの曲を演奏するプロジェクトと聞いていたが、いきなり6thアルバム『PRIME EVIL』のタイトルチューンで始まり意表を突かれた。しかし、デモリションマンが参加した本家VENOMの曲であるからして『デモリションマンがこのVENOM inc.のヴォーカルであるぞ!』と印象付けるという意味ではわからなくもない。個人的にはこのアルバムからならミドルテンポのこの曲(アルバムでも1曲目だけど…)ではなく、「Parasite」か「Megalomania」で始まったほうがライヴの掴みもいいのではなかろうか、などと不埒な考えが頭の隅をかすめもしたが、なんといってもあのマンタスが目の前でギターを弾いているのであるからしてそれだけでも素晴らしいと思わなければならない。オリジナルメンバーでは一番顔が整っているというか、他の2人に比べてあまりインパクトのないルックス(クロノスのルックスは本当に素晴らしい。どうせブサイクに生まれるならあんな顔に生まれたい)だったが、おっさんというかおじいちゃんになって貫禄がついて、タレサンの似合う非常に味のある風貌になっていた。そして2曲目に初期シングル(おれは「JAPANESE ASSAULT」という企画盤で所有)の「Die Hard」がかき鳴らされると一気に会場がヒートアップし、フロア前ブロックの中央付近で早速モッシュが起こる。これ以降演奏されたのすべて1stか2nd収録の曲、或いはその時期のシングル曲ばかりで、「『AT WAR IS SATAN』以降なんか知ったこっちゃない!」というすさまじい吹っ切れぶりにはもう平身低頭するしかないのだが、この時おれが着ていたのは『AT WAR IS SATAN』のTシャツだったので、ちょっとフクザツな気分であった。
VENOM 「Prime Evil」

※デモリションマンとマンタスとアバドンが本家VENOMだった頃のライヴ。

 本日のモッシュピットを仕切っていたのはモヒカン姿の若いあんちゃん。「ロビンソンの庭」に出てた頃の横山SAKEVIさんっぽいルックスの目付きの鋭い彼が上半身裸で(最初はTシャツを着ていた)暴れていた。このあんちゃんはまだ良かったのだが、もう一人、茶髪でちりちり天パーのおっちゃんのたちが悪く、モヒカンが暴れるとこのちりちり茶髪も調子づくのだが、まぁ、ひどい暴れ方をし、モッシュに参加していないそこかしこの人に激突していたのだが、一度はバランスを崩しておれの方に倒れ込んできてしまい、下半身にぶつかられたので弾き返すことが出来ずおれも倒れてしまい、鉄柵に頭をしたたか打ち付けてしまった。モヒカンがおれの腕を引っ張って起こしてくれたが、当のちりちりはとっとと後方にエスケープ。しかもライヴ終盤には火のついた煙草を咥えてモッシュする始末。危ないこと極まりない。たまたまうまい具合に人のいないところで煙草を落とし、近くにいたモヒカンがそれを踏んで消火したから良かったものの、当のちりちりはその後ろの方の客にたしなめられて恐縮する姿が見られた。せっかくSIGHが火の演出を我慢してライヴの進行を優先したというのに、こんなんで負傷事故を起こして公演が中止になったらどうするんだと。
 SIGHといえば、モッシュに流された先に川嶋さんがいたのだが、じっとステージを見ながら何やら口ずさんでいる。小声で今まさにステージで演奏されている曲(このときは「Warhead」だったか「One Thousand Days in Sodom」あたりのときだったような。曲順の記憶はちょっとおぼろげになっている)を一緒に歌っていたのだった。

 それにしても、デモリションマンである。1曲目こそ自分が在籍していたときの曲だが、あとはすべてクロノスが歌っていたナンバーである。かつては彼がVENOMで頑張っていても「クロノスのいないVENOMなんて、VENOMじゃねえよ!」などと心無い言葉をたくさん浴びたであろう。そんな彼がとても楽しそうに初期VENOMのナンバーを演奏し歌っている様を見ると、本当に彼を心から応援したくなるのが人情というものである。
 
 しかもこの日は、なぜかベース機材がトラブルを起こすという不運にも見舞われた。一度曲が終わった後にアンプを調整したら音が復活して、客席から喝采が飛ぶ。そのときに「デモリッションマンタース!」という野次が飛び、フロアもステージ上も一斉に笑いに包まれた。しかし、「Seven Gates Of Hell」(「Schitzo」だったような気もするが、セットリストのサイトを見ると7ゲーツだったっぽい。本当に記憶が混濁しているなぁ)が終わって、マンタスが次の曲のリフを刻むと、デモリションマンが口笛を吹いてマンタスに演奏を止めさせる。またもや機材トラブルである。先程はすぐに機材が復活したが、今度はなかなか直らない。デモリションマンが不安そうにアンプの方にスタッフと一緒にいると、マンタスもMCでジョークを言って場を和ませようとするが、悲しいかな我々日本人にはなかなかそれが通じない。ほんの数時間前に山元賢治氏が講演で「さまざまな情報が最初にリリースされるのが英語によってなので、フレッシュな情報を得るには英語が出来ないと話になりません」と言っていたことが、早速この場で思い知らされる。しかし、次の瞬間、客席から唐突に「アーバド~~ン!」とドラえもんに泣きつくのび太のような口調の野次が飛ぶと、すぐさまアバドンが「What(なんだよ)!?」と返し、この漫才かコントのような絶妙の間で繰り広げられたたった二言の会話で会場が爆笑の渦に巻き込まれ、落ちかけていた会場のテンションが復活し、アバドンのドラムソロが始まった。会場はやんやの大喝采。あの怪しげなドッスンバッタンとしたドラミングがこの時ばかりは頼もしく見える。するとマンタスがブルーズっぽいフレーズを弾きだし、即興のジャムセッションが始まった。ドラムソロも含め、これは全く予定になかったであろうし、誰もが予想もしなかった展開である。デモリションマンがベースの点検に一旦引っ込むと、マンタスが「アバドンも今から帰るってよ」と軽口を叩き、アバドンがスネアを抱えて引っ込もうとする。会場から「アバドーン、カムバーック!」という声がそこかしこから飛び、アバドンがドラムキットの方に戻る。デモリションマンが戻ってきた時にマンタスが「ベースアンプを交換するから」と言ったのちに機材の調整が終わってデモリションマンが弾いたベースの音がけたたましく鳴り響くと、会場が大歓声に包まれる。あのときの厳ついはずのデモリションマンの笑顔のさわやかなこと。まさに会場がひとつになった瞬間であった。
 
 そしてライヴが進み、「Sons Of Satan」が終了すると一旦メンバーたちが引っ込む。勿論あの曲もあの曲もやってないので会場中が手を叩きながら「ヴェーノム!ヴェーノム!」とコールする。誰一人「ヴェノムインク」とは言わない。そう、少なくともあの日あの時あの場所においては、間違いなく彼らこそが真のVENOMだったのである。

 メンバーが戻ってきてアンコール一発目は「Welcome To Hell」である。これでまた会場が爆発。サビの「Welcome To Hell, Welcome To Hell, Welcome To Hell」の大合唱にデモリションマンの表情もとても引き締まっている感じだった。

 この曲が終わるとマンタスが感極まったような面持ちでちょっと涙声になりながらやけに神妙な口調で我々に語りかけた。「東京のみんなにとても感謝している。我々は心から君たちをリスペクトしている。本当にありがとう。今から演る曲だが、俺がこのリフを作ってメタルのスタイルが、歴史が変わった。この曲のタイトルが音楽のジャンルにもなった。おれと一緒に呼んでくれ。たった2つの言葉なんだ」そしてマンタスが「Black!」と叫ぶとオーディエンス全員が「Metal!」と叫び返し、その刹那、「Black Metal」のリフが鳴り響き、ドラムの一撃が入った瞬間、おれはサークルピットの中に踊りこんだ。この日のおれはこれまでモッシュに巻き込まれて流れで参加してしまったことはあっても、自ら積極的にやることはなかった。何故ならこの曲でおもいっきりやろうと決めていたからである。勿論一曲目がこの曲であってもそうするつもりではあったが、アンコール2曲目という配置で、これまで溜め込んでいた力を一気に開放した。とは言え、なるべくピットに入らない人には触れないようにはしたのだけれど。全力でグルグル回りつつもキメの「Lay down your soul to the gods Rockn'roll」のところではピットから外れてステージに正対し、メロイックサインを突き上げ、またピットに戻った。そして曲の終盤になったところで演奏が止まり、マンタスが「一緒に歌ってくれ!」と言うとデモリションマンが「Lay down your!」と叫んだのだが、ちょっと間が合わず、オーディエンスの「Soul to the gods Rockn'roll」の返しがグダグダになってしまったのだが、マンタスが「もう一回やるぞ!」と言ってくれ、デモリションマンが再度「Lay down your!」と叫び、今度はオーディエンスが一体となって「Soul to the gods Rockn'roll !」と返すと、満足そうな表情を浮かべたデモリションマンが「Oh,oh,oh,oh......BLACK METAL !」と叫んでこの歴史的名曲の演奏が終わった。
 
 もうおれはここで全力を使い果たしてしまい、この前後の記憶が不確かになってしまっているのだが(おそらく、公演自体の時系列があやふやになっているので、これまで書いていたことも前後関係が怪しいかもしれない)、観客たちは「まだあの名曲が残ってるだろ?」とばかりに「One More !」コールが起こる。別にメンバーも引っ込んだわけではないのだが「Black Metal」の前のあの感極まったようなMCを聞かされた方はこれが最後と思ってしまうのも無理はなかろう。そして「もう一曲やるぞ!」とマンタスが言うと、VENOM史上に残る名曲であるところの「Countess Bathory」が演奏される。おれは息も絶え絶えになりながらも腕を突き上げ、拳を振るった。BATHORYのバンド名は勿論、X(現X-JAPAN)やCRADLE OF FILTH、KAMELOTやSLAYER、SUNN O)))などさまざまなメタルミュージシャンが採り上げたバソリー伯爵夫人(エリザベート・バートリ)を題材とした曲の先駆けであるこの曲が酸欠の脳内に突き刺さるたびに、VENOMの先見の明には改めて驚かされるのであった。

 この曲が終わり、メンバーが「写真撮るから前の方に来てくれ!」というので観客がフロア前方に集まる。そしてスタッフのきれいなおねいさんがドラムライザーのところからスマホを高く構える。「前の方だとメンバーの陰に入って写んねえじゃん」と思いつつも写真撮影に参加した。そしてメンバーがピックやスティックをフロアに放り投げて再度引っ込むと、またもやアンコールを催促する観客。おれは意識朦朧となりながらも、「あとなにかあったっけ?Teacher's Petがやってないな」などと思いつつ手拍子を打ってると、またもや3人が登場。 どういう感じで始まったか覚えてないが「Witching Hour」が演奏された。そうだよ、スラッシュメタルの元祖ともいうべきこれがまだだった。つかこのリフ使いまわ(以下略)。例のモヒカンがおれの肩に腕を回してきて、モッシュに参加してた連中で肩を組んでおそらくラストになるであろうこの曲を堪能した。
VENOM 「Black Metal」

※オリジナルメンバーによる85年のハマースミス公演。デビュー間もないCLASHのレインボー公演ですら目じゃない、如何に彼らの演奏力が凄まじい(どんな意味で言ってるかは観ればわかる)かを如実に表した映像。

 そしてメンバーたちが口々に日本語で「アリガト、アリガトゴザイマス」と謝辞を述べて袖に引っ込んだ。それでも観客たちは彼らを呼び続ける。するとスタッフのきれいなおねいさんが再び出てきて「すみません。メンバーの皆さんはもう疲れてしまって……もしかしたらもうちょっと後になったら演奏はしませんが、皆さんに会いに出てきてくれるかもしれません」と言うやいなや、アバドンが現れて客席に愛想を振りまいた。本当に今日はアバドンが要所要所で活躍したと思う。曲と曲の間、会場がちょっとおとなしくなると彼が「止まるな!続けろ!」と言って、観客のコールを要求したり、ペットボトルの水をぶちまけたりして、会場を盛り上げていた。マンタスも曲が終わった後にポカリスエットを飲んだ時に唐突に「POCARI SWEAT」と呟いて、会場から笑いが起こると、タオルで汗を拭いて「MANTAS's Sweat」と言い放ち、会場は爆笑。そしてそのマンタスズスウェットをたっぷりと吸い込んだタオルを投げ込むと、アバドンも対抗意識丸出しでタオルを放り込むのだが、フロアまで届かず、マンタスの傍に落ちるにとどまってしまい会場から失笑(本来の意味)が漏れる。そしてマンタスはそのタオルを拾い上げると、フロアではなく袖の方に投げ捨ててしまいまたもや爆笑が湧き上がったという場面も見られた。そしてひたすら誠実なデモリションマン。腕を見せて「東京のタトゥーを入れたんだ」と言うと会場から喝采が飛んだ。ちょっと遠目だったのでおれはどんなタトゥーかは確認できなかったのだが。

 そうしたメンバーたちの姿勢と観客たちの公演を目一杯楽しもうという姿勢(ちりちりだけはちょっと如何なものかってな感じだった)が一体となって、この感動の公演が出来上がった。機材トラブルも決してマイナスではなく、苦し紛れに「アーバド~~ン!」と叫んだ観客の思いと、それに機転を利かせて答えたアバドンの言動とマンタスとのジャムで却ってプラスに転化した感すらある。この感動は昨年のMANOWARの公演のメタル魂に溢れた感動とはまた違ったものだったが、素晴らしい体験には違いなかった。

 この後も会場では20年前に非売品で作られたというなかなか格好いいリバーシブルパーカーが「メンバーの飲み代を作るため」にオークションに掛けられるなどしたが、さすがに早朝から横浜に行ったのちに夕方に原宿に行ってライヴし、モッシュで全力を出し切ったおれは真っ白に燃え尽きて、Mくんとともに会場を後にした。このあとメンバーたちと観客たちの交流会があったそうだが、まぁ人見知りで英会話もおぼつかない上にカメラを忘れて写真も撮れない状況で参加しても切なかっただろう、と自分に言い聞かせた。
 
 その後プロモーターのSNSを覗くと、集合写真がアップされており、改めて客入りが良かったことに感嘆しつつも「どうせメンバーの陰に入っていて写ってないだろうな」と思いつつ見てみると、果たしてそこにおれは写っていた。しかも、マンタスとアバドンのちょうど間にすっぽり挟まった心霊写真のような状態で。

雨の後楽園球場

 昨日(4月30日)、最近平ハウスでPAをやってもらっているシュウ君(長身イケメンバツイチ無職)が、いわき文化交流館アリオスにて行われた「Hit Song JAPAN 昭和『同窓会コンサート』~あの日に帰る歌がある~」なるイベントスタッフのバイトに行ってきたのだが、そこで見た西城秀樹のプロ根性に感激してしまい、すっかりファンになってしまったという。それでハウス中でヒデキトークになったわけだが、以前(2007年~2009年の間のいつだったか)、別のところで書いた西城秀樹の記事があったことを思い出し、ログが残っていたので、多少手直しして再録することにした。



(以下再録内容)
 タイトルについてだが、当然野球のことではない。一度、後楽園球場に野球を観に行ったことはあったのだが、何分幼少期のことであり、試合内容は殆ど覚えていない。プロ野球の公式戦はもう一度だけハタチの頃東京ドームで観たが、この試合は印象に残っている。巨人vs横浜戦だった。何故印象に残っているのかというと、当時巨人に在籍していた落合博光が盗塁をしたからである。
 
 「雨の後楽園球場コンサート」で思い浮かべるのはなんだろうか?やはり、かのGRAND FUNK RAILROADの71年7月の初来日公演を真っ先に挙げる人が多いだろうか。一説には雨で機材が使い物にならず、テープで演奏したという余田話もあるが、あくまでも余田話。前座の中にモップスがあったというのも豪華だが、3組の前座が終わった途端、突風が吹き出し、まずステージの前に飾ってあったGFRの大看板が吹き飛ぶというアクシデントが起きた。当時の日本に於ける球場ライヴにはアリーナ席などなく、観客は全員スタンド席で観覧していたのだが、それが幸いして、看板直撃による怪我人などは出なかったようだ。暴風雨でコンサートの中止が危ぶまれる中、やや雨の勢いが衰えた頃、リヒャルト・シュトラウスの交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」の「序奏」が鳴り響き、GFRがステージに登場!当時、このあたりのライヴを観に行っているであろう若者がこぞって観に行っていた映画「2001年宇宙の旅」のテーマとして用いられた曲ゆえ、この入場で盛上らん訳もなかったであろうと、その頃生まれてすらなかったおれは勝手に想像するのだが、実際観客も熱狂し、悪天候中、このアメリカン・バンドも熱いステージを繰り広げたという。しかも演奏中は雨風に加え、雹までも降ってきたというのだから、ただの悪天候ではない、とんでもない悪天候である。出演者も観客も散々な思いをしたであろうが、この悪天候こそが伝説を演出した訳であり、「おれは後楽園でGFRを観た」というおっさんは、大阪球場(こちらも雨天ではあったそうだ)で観たおっさんよりも一層若いロックファン自慢できるようになった訳である。
GRAND FUNK RAILROAD 「Heartbreaker」 (71年後楽園球場公演)

※件の公演で演奏された名曲「Heatbreaker」の音源。会場の雰囲気が非常に生々しく録音されている

 雨の後楽園はGFRだけではない。1年後の翌72年7月に行なわれたEMERSON LAKE & PALMERの後楽園球場公演も雨だった。大体、梅雨の真っ只中の時期に野外コンサートを行なうこと自体がおかしいのに(フジロックは現在でもこの時期にやってるな…)、2年続けてやってしまうところがなんとも呑気である。前座はブリティッシュ・ロックの大物FREEであったが、離散集合の直後だったせいか、オリジナルギタリストのポール・コゾフが来日せず、ポール・ロジャースがリード・ヴォーカルに加えギターを担当するという状態で急場を凌いだという。
FREE 「Seven Angels」'72年後楽園球場公演

※EL&Pと違い生放送ではなかったので、妙な映像効果が編集で加えられている。ベースは勿論、山内テツだ。

 満を持しての登場となったEL&P。その入場のシーンはEL&Pの公式DVD「BEYOND THE BEGINNING」にこの日の「Tarkus」演奏シーンに挿入される形で収められているが、実はこの日のライヴは、地上波TVで生中継されていたのである。今では到底考えられないことだが、えらい事だ。洋楽ロックアーティストの来日公演の模様が地上波で生中継されたのは、俺が中学生の頃に行なわれたTHE ROLLING STONESか、PRINCEの来日公演(いずれも東京ドーム公演)辺りが最後だったのではなかろうか。数年前、72年に東京12チャンネル(現:テレビ東京)で放送された映像の録画ビデオを手に入れることが出来た。現在はYOU TUBEなどの動画投稿サイトで観ることが出来るようなので、興味があればチェックしていただきたい。

 それにしてもこの放送、黙って演奏シーンだけ流してればいいものを、1曲目「Hoedown」の演奏が始まっているのに、レポーターが演奏にかぶせて喋り捲ってるという、当時、コンサートを観に行くことが出来ずにTV中継を心待ちにしたであろう(当時はビデオデッキなんて庶民に手の届く代物ではなかったので、尚更である)EL&Pファンの神経を逆撫でしまくっていることが容易に想像できる番組構成である。「こんばんわー!八木ちゃんでーす」「聞こえてますか~?二ッキーでぇ~~す!」いっそ聞こえてこなかった方がいくらか良かったのではないか、と当時のファンのことを思うと詮無いが、この人たちも仕事でやっていることである。今のんびりと資料確認の如く観ている我々には非常にほほえましく感じられる。
 結構強い雨が降っているのも、充分によくわかる。カメラのレンズが曇ってしまったり、ビニールのカバーがカメラにかけられているようで、画面がぼやけて映ってしまっているのもある。これは非常にリアルにこの伝説的なライヴの模様を捉えているのだという雰囲気が伝わってきて、こちとら興奮する訳だが、リアルタイムでrテレビの前にいた人にとっては非常にもどかしいものに感じたであろう。
 当時は字幕も手書き文字の合成である。今みたいにデジタル合成ではないので非常に味があるのだが、当時は「ロックと言えばサイケ」ぐらいの印象だったのか、なんか当時としてはとてつもなく凝っているんだろうなという感がひしひしと伝わってくる割に、イマイチ効果がよくわからない曲名字幕が、どうにもおれのお笑い神経を刺激してくる。こういったアナログ合成が、キース・エマーソンの奏でるアナログシンセ(モーグシンセサイザー)、アナログオルガン(ハモンドオルガン)とともに、アナログ感を感じさせてくれて非常に宜しい。また、コンサートの中継ということでCM中断がなく、演奏の途中に画面にスポンサー名が表記されるという形式になっている。
 ライヴが終了すると、事前に収録していたインタヴュー映像が観られるのだが、このインタヴューがまた愚にもつかぬもので、特にインタヴューアの方があまりにEL&Pについて調べもせずに行なったことが明白であるが、制作側でそういった予備知識を仕入れておくってのが筋であろう。また、カール・パーマーはお約束どおり「ゲイシャはどこ?」と定番のボケをかまし、このボケと同じくらいドラミングも安定してりゃいいのにな、と要らぬツッコミまでかましたくなる始末である。この人はやたら手数が多く、複雑なプレイをこなすくせに、シンプルなビートだとリズムキープが怪しくなってよれてしまうという、非常に個性的なドラマーなのだ。とにかく、コンサート内容に関しては素晴しいし、これを映像として残した東京12チャンネルはエライ(できれば、前年のLED ZEPPELINや同年のDEEP PURPLEの初来日公演も映像で残してくれていたら素晴しかった)。しかし、ライヴ以外に於けるこの70年代のナウなヤングにバカウケ的なノリは現代を生きる我々にとっては非常に辛いものであるし、この空回りっぷりは当時のロックファンから見ても空々しいものではなかっただろうか。それとも、高度に発達した情報化社会に生きる我々が贅沢なだけで、当時のロックファンはそんな雑音など心頭滅却すれば火もまた涼しと、容易にシャットアウトして、ブラウン管の中で繰り広げられているこのEL&Pの演奏を凝視し、耳を傾けていたのかも知れない。テレビの前にマイクを繋いだラジカセを置いてテープに録音し、テープが擦り切れるまで聴きまくったファンもいたであろう。現在、我々ロックファンはそこまで真摯な姿勢でロックに接しているであろうか?………と勝手に当時のロックファンの有り様を想像してみたのだが、何一つ確証もなしに書いてしまっていることをここでお断りしておく。
EMERSON, LAKE & PALMER 「Hoedown」'72年後楽園球場公演

※件の生放送の一部。


 今回の真打登場。雨の後楽園を飾った2大バンド、アメリカのGFRとイギリスのEL&Pをさしおいて真打を名乗る大物とは誰か?我が日本が誇るビッグ・アイドル、西城秀樹その人である。
  78年から4年連続で行なわれた「ビッグ・ゲーム」と呼ばれるヒデキの後楽園球場公演だが、これがすべてLPで発売されている(いずれも全曲収録ではないが)。その中でも、79年に行なわれた2回目の公演は、梅雨の時期を外した8月24日に開催されたものの、先述のロック・アイコンたちと同様雨天で、しかも台風の吹き荒れる中行なわれた凄まじいものであった。その模様を収録したライヴ盤「BIG GAME '79」は、当時キャリア8年とは言え、まだ24歳の若者であるヒデキのプロ根性の凄まじさが垣間見える、素晴しいライヴ盤である。また、アイドルのコンサートではあるが、半数はカヴァー曲であり、その中からアルバムに収められた17曲中13曲がカヴァー曲で占められるという、ある意味、ヒデキの趣味性を前面に押し出したライヴ盤であったといえるかも知れない。ジャケットもいかにもロッカーといった趣で、アイドルの作品とは思えない。ロック好きのヒデキはその前年(78年)に行なわれた後楽園公演でも、1曲目にFOGHATの「Fool For The City」を持ってくるというマニアぶりを見せ付けてくれた訳だが、79年のオープニングナンバーはQUEENの「We Will Rock You」であった。今でこそベタな選曲と思われるかもしれないが、「We Will~」が収録されたアルバム「NEWS OF THE WORLD」が77年の発表であることを考えると、ベタとは言い切れるものでもあるまい。アレンジも、最初はオリジナル同様、ドラムとハンドクラップ(手拍子)による例の「ドンドンダッ♪ドンドンダッ♪」というリズムに乗せて歌うというアレンジだが、曲の中盤で突如アップテンポのハードロックナンバーになるという、一筋縄では行かないアレンジである。アルバムの解説には「ディープパープル風」と解釈されているのだが、当時のQUEENもライヴの一曲目にはアップテンポにアレンジし直した「We Will~」を演奏し、ライヴの終盤にスタジオ盤と同様のアレンジの「We Will~」を演奏していたので、ヒデキのそれも、そのアレンジに準拠したものだと考えてよいと思う。更にその二つのヴァージョンを合わせてやってしまうという発想も白眉である。このライヴが行なわれる直前、79年4月にQUEENは来日公演で前述のアレンジで演奏しており、これがテレビで放送されている。当時3歳になったばかりのおれがQUEENなど知っている筈もなく、こんなのが放送されていたのかと思うと悔しくて堪らない。また、同年6月に日本でも発売されたライヴ盤「LIVE KILLERS」でも同様の演奏が収録されており、このあたりの音源を参考にしたのではなかろうか。アレンジするにしても、余り間もない上に、4~5人編成のロックバンドではなく、ヒデキのバックバンドは十人単位のフルバンドである。以前なら「8時だヨ!全員集合」の岡本章生&ゲイスターズ、「夜のヒットスタジオ」のダン池田&ニューブリード、今では「のど自慢」位でしか観られないアレだ。しかも専属というわけでもなく、ヒデキ以外のバックも務めているはずで、この短期間にすべてのパートのアレンジする訳だ。ロックバンドでは考えられないような仕事量なのではなかろうか。
 それはともかく、この曲の演奏を聴くだけで、ただアレンジされた曲を与えられて歌うアイドルではなく、ヒデキ自身の意見もかなり多く取り入れられたであろう事は明白で、当時のアイドル事情を考えると、これはなかなか凄かったのだと思う。

 続いては、またカヴァー曲でKISSの「I Was Made For Loving You」だ。某デジカメのCMでKISSのメイクをした子供達が歌っているあの曲、といえばお分かりだろう。この曲はロックファンなら誰もが知っている「KISSがディスコに魂を売り渡した曲」である。ロック・ファンの憤りをよそに大ヒットしたナンバーであるが、このライヴが行なわれた’79年に発売されたばかりのアルバム「DYNASTY」に収録された曲であり、早速それを自分のコンサートナンバーにしてしまうヒデキの思い切りの良さには惚れぼれする。当時のディスコナンバーというと、現在のクラブミュージックのようなデジタルなものばかりではなく、ソウルミュージックの流れを汲んだフルバンドで演奏されるものが多かった。KISSやQUEENはロックバンドの編成のみでディスコ調の曲を発表して好評を博したが、このライヴでは、そのKISSのディスコナンバーがフルバンドで演奏されているという、逆転現象(といっていいのか微妙だが)が起こっている。必要に迫られて行なったことであろうが、結果的に面白い試みになっていると思う。また、ポール・スタンレーのキンキン声と、ヒデキの太くて甘い声との対比も面白い。

 この曲が終わると、ヒデキのMCが入る。「こんばんわーっ!(こんばんわー)こんばんわーっっ!!(こんばんわー) こんばんわーっっっ!!!(こんばんわー)さすがに男性アイドルのコンサートだけあって、観客は女性ばかりで黄色い声援が飛びまくっている。 「やって来たぞ!第2回目、後楽園球場!!ありがとう!雨の中本当にありがとう!! 今日は嬉しいっ!!このまま雨の中で、俺について来るか!?(きゃああああああっ!!!)よぉぉぉぉし!!まかしとけえっ!!(きゃあああああああああああああっっ!!!)ありがとう。もう、みんなの気持ちがとっても嬉しい。でも、風邪なんかひかないようにね」…完璧である。前半で雄雄しい叫びのようなMCで男らしさを強調し、終盤に一転、ソフトな口調で女性を気遣う優しさを見せる。このときの観衆の女性たちは、もうヒデキに心奪われたに違いない。只でさえヒデキ目的でこの場に集っているのである。あとはもうどうにでもしての俎上の鯉状態であろうことは想像に難くない。男は優しいだけではダメなのである。強さ、逞しさの中に見せる優しさこそが重要なのである。ボッコボコに女を殴ったあとにちょっとした優しさを見せるDV男が女性の心を捕らえて離さないのはその極端な例であるが、ヒデキとは関係はない。「さあ、これからの2時間ちょっとは、皆さんと楽しいひと時を過ごしたいと思います。どうぞ最後まで、宜しくお願い致します」そしてキッチリですます調でのスピーチ。礼儀も弁えてるヒデキの態度に、娘の付き添い出来ているお母さんたちも安心だ。「僕って、意外とロマンチストなところがありましてー、雨の中のデートなんてのも、なかなか乙なものじゃないかと思います」いきなり何を言ってるんだ、ヒデキ。「さぁ、今度はあなたをバラードの世界へお連れしましょう………オネスティ」
 続いては「Honesty」である。ビリー・ジョエルのバラードナンバーだ。日本では「Piano Man」「Stranger」などといった代表曲を差し置いて最も人気の高いと言っていい曲だが、実は他の国では余り人気がない。ジョエルもその辺は認識しており、ライヴでは他国で演奏しなくても、日本に来た時は欠かさず演奏しており、2枚組ベスト盤でも日本盤のみのボーナストラックとして追加収録されていたりする。物悲しいイントロに導かれて、ヒデキが歌い出す。「あなたはこの頃、冴えない顔~♪」………日本語歌詞だ。先の2曲は原曲どおり英語で歌っていたのだが、この曲は日本語だ。確かにこの曲はゆったりしたメロディの割りに歌詞の音が多くて難しい上に、メロディの高低の変化も聴いている印象よりは激しい。この訳詞は音数が少なくまとめられており、格段に歌い易くなっている。そのため、元の詩とはまったく意味が似通ってないものとなってしまっている訳だが、それでいいのかヒデキ!?でも、この措置が功を奏し、朗々と歌い上げている様を聴いていて改めて思うが、ヒデキは結構歌が巧い。この難しい曲も音程を外さないし、声の伸びも素晴らしい。ヒデキとともに新御三家と呼ばれた野口五郎も歌はヒデキよりも巧いし、現在のアイドルとは傾向が違うように感じる。新御三家のもう1人の歌唱については触れないが、その人が一番成功しているんだよなあ。巧けりゃいいってもんじゃないという事であろうか。

 続いても聞き覚えのある有名なイントロで始まった。70’sディスコ・ミュージックの大ヒット曲「Hot Stuff」、ドナ・サマーのカヴァーである。近年でもダイエット・コークのCM曲で使われたので、耳にすればすぐわかるだろう。この曲が意外にヒデキの太い声と合う。日本のソウル・クイーン、和田アキ子の如く力みまくった歌唱で飛ばしまくる。終盤では観客との掛け合いもあり、そこで「アイドルのコンサートだな」と再確認。

 続いては、なんとサザンオールスターズの「いとしのエリー」である。このライヴと同年に発表されたばかりの、サザンの名曲バラードである。早速、自分のライヴに取り入れてしまう姿勢は、ちょっとカラオケ的な感覚もしないでもないし、やはり桑田圭佑の歌唱に較べると物足りないなと言わざるを得ない。次に収録されている「ブルースカイブルー」はヒデキの持ち曲だが、荒天の為上手く録音されず、スタジオ録音の音源に差し替えられているので、ここでは割愛する。

 ライヴ音源に戻ると「さあ、雨もちょっと強く降ってまいりましたけど・・・」ヒデキのMCが入る。「ナニ、雨に負けてたまるもんか―――!!」と、失禁もののフレーズが飛び出し、おれは悶絶した。続いて、CDを聞けばわかると思うが、「8時だヨ!全員集合」に於けるチョーさんと客席のやりとりのようなものがあって「クイーンナンバー、ド~ン・ストッ・ミィ~ナア~ゥ」と怪しげな発音で次の曲をコール。またもQUEENのカヴァーで「Don't Stop Me Now」だ。やはり、ロックナンバーをフルバンドで演奏するというのは、結構な違和感を感じるのもまた事実である。しかも原曲よりもテンポが速いため、やたら歌詞の音数が多いこの曲が更に歌いづらくなってしまっている。ヒデキもキチンと歌ってはいるが、ちょっと忙しい感じがして、本来この曲が持っているノリの良さが削がれてしまっている観は否めない。テンポが速い=ノリがよくなる、というわけではないのである。

 雨音も心なしか強くなってきたように感じる中、物悲しいというには絶望的なイントロが奏でられる。KING CRIMSONの、しかもよりにもよって、この曲がアイドルのライヴで演奏されるのか?「Confusion, will be my epitaph(混乱こそ我が墓碑銘)」という絶望を描き切ったフレーズをアイドルファンが求めているのかどうかは知らないが、ヒデキは「Epitaph」を確かに歌ったのである。このライヴのハイライトであったようだが、曲中に幾度も訪れる静寂のパートに於いても、あの黄色い歓声が聞こえてこない。聞こえるのは雨音、そして雷鳴である。この録音は素晴しくドキュメンタリーである。この名曲を絶唱するヒデキ。しかも、完全に自分の色にこの曲を染めつつも、原曲のイメージを壊さないという完璧な仕事振りである。そして鳴り響く雷鳴。最高のシチュエーションではあるまいか?先述のEL&Pの雨の後楽園球場公演に於いても、この曲の一節が披露されていた。EL&Pのリード・ヴォーカリスト兼べーシストのグレッグ・レイクその人が、クリムゾンに於いてこの曲を歌っていた本人である。ヒデキはそのことを念頭においてこの曲を選んだのか?単なる偶然か?レイクもクリムゾンにて参加した、ロック史上に燦然と輝く名盤「IN THE COURT OF THE CRIMSON KING」に収録された名曲群の中から、何故この「Epitaph」の一節をEL&Pのライヴで披露したのか?思いを巡らすのもまた一興である。
 実は70年代の邦楽アーティスト、しかもロックと関係ない人たちが、やたらに「Epitaph」を己のコンサートで演奏しているという事実がある。往年のジャニーズ所属のアイドルグループ、フォーリーブスもカヴァーしていたりする。某サイトで試聴したことがあるのだが、バックバンドがいい仕事をしているのに耳が奪われるが、北公次なりのグレッグ・レイク的歌唱の解釈で歌っているのだろうか、「ブルドッグ」と同じ人達がやってるとはちょっと信じられなかったり。しかも、ピート・シンフィールドの幻想的な歌詞世界に対抗しようとしたのか、「青い空のかけらが落ちてくるよ」などというオリジナル日本語歌詞がインパクト大。
 更に「Epitaph」のカヴァーとなると、双子のヴォーカルデュオ、ザ・ピーナッツも自身のコンサートで披露している。このコンサートも「オン・ステージ」というライヴ盤に収められているのだが、これも1曲目からURIAH HEEPの「Look At Yourself」のカヴァーで幕を開けるという、なんとも意外な取り合わせである。ヒデキ同様、フルバンドの演奏に、ザ・ピーナッツの例の完璧なハーモニーヴォーカルによるカヴァーなので、ロックっぽさのかけらもないものとなっているのが面白い。一体誰の趣味でこういう選曲になったのか興味深いが、果たして、ザ・ピーナッツを観に来て、ユーライア・ヒープの対自核が披露されて、客はどう思ったのか非常に気になる。「Epitaph」はバックの重厚な演奏にピーナッツの圧倒的な歌唱力があいまって、なかなか凄いものに仕上がっているのだが、歌謡曲とロックのズレというものが垣間見えるものとなっている。なんだか、ヴォーカルと演奏がずれているように聴こえるのだ。おそらく、バンドもピーナッツも楽譜どおりに完璧な演奏と歌唱をしているはずであるが、、ロックやジャズは五線譜の表記には書き表されていないような、微妙な揺らぎが存在しているとよく言われている。いうなれば、ロックの方がずれているのであるが、ロックの方がオリジナルの曲である以上、ピーナッツの方がずれているように聴こえてしまうのではないだろうか。このライヴは岸部シローが司会をしていて、CDにもそのしゃべくりが収録されているのも興味深い。

 さて、ヒデキに話を戻すが、このライヴのハイライトとなった「Epitaph」について書いたので、あとは内容をかいつまんでおく。
 VILLAGE PEOPLEのディスコ・ソングのカヴァー「Go West」を日本語歌詞で披露。2006年サッカーW杯のテーマ曲で、PET SHOP BOYSがカヴァーしたヴァージョンが有名である。
 「I'll Supply The Love」はバカテクバンドTOTOのカヴァーであるが、見せ場はヒデキよりも、バックバンドの演奏の方であろう。やはり、基本がジャズ畑のビッグバンドである。ロックとジャズの基礎演奏力の差というものをどうしても感じてしまう。この大所帯の演奏者が、あの難フレーズを一糸乱れぬさまで演奏しきってしまうのだから。でもまぁ、ロック的なダイナミズムの方が好きだけれども。
 「Chant...Comme Si Tu Devais Mourir Demain」はミシェェル・フュガンのカヴァー。フレンチ・ポップであるがヒデキも自身のヒット曲「傷だらけのローラ」の如く、搾り出すような慟哭の歌を聴かせている。ミシェル・フュガンの曲はこの頃よくサーカスがカヴァーしていて、その曲がCMに使われたりと、当時はかなり日本での知名度は高かったそうで、ヒデキもその波に乗ったのだろうか。

 そして、ご存知「Young Man(Y.M.C.A)」。ヒデキ自身のヒットナンバーであるが、「Go West」同様、VILLAGE PEOPLEの「Y.M.C.A」のカヴァーである。このライヴの年に自身の最高の売上げを記録したこの曲で、会場のヴォルテージも最高潮。「素晴しい♪ワーイエムスィエイ♪」のところでは5万人の大観衆が「例のパフォーマンス」をしたであろう事が容易に想像できる。憂鬱など吹き飛ばして元気が出ること受けあいだ。
 この曲のオリジネイターであるVILLAGE PEOPLEはゲイ集団とされており、ゲイをターゲットとした楽曲で全世界にヒット曲を飛ばしたグループだが、メンバーがリアルでゲイであったかどうかは定かではない。その中でも最大のヒット曲である「Y.M.C.A」のタイトルは「Young Man's Chrstian Association(キリスト教青年会。女性版はY.W.C.A)」の略称であり、主にこの団体が経営する男性向けユースホステル(若年層向けの安価な宿泊施設)の事を指している。YMCA(のユースホステル)は基本的に相部屋であり、日本で言うところのハッテン場になってしまっているのだ。アメリカのスラングで、Y.M.C.A=ゲイとなっており、要は当時は現在以上に差別的な境遇にあったゲイの解放運動の歌のようなものなのである。ヒデキは多分ゲイではないのだろうけど、このライヴアルバムのブックレットの写真を見るにつけ、フレディ・マーキュリー(この人もゲイ)のような全身タイツを着用している写真もあり、ううむと思ってしまう。何故この曲をカヴァーすることになったのかはよくわからないが、ヒデキの影響で日本人はこの曲にゲイのイメージは余り持っていないようである。おれも子供の頃、無邪気に「わーいえむしえー」なんてお遊戯でやらされてた気がするし。
 今や、世界中のクラブでスタンダートとなったこのナンバー、もはやヘテロもゲイもなく、世間一般に愛される曲となり、この曲のコーラスの部分にかかると「Y」「M」「C」「A」と両腕でアルファベットを形作るパフォーマンスを皆行なう訳だが、実は、あのパフォーマンスは元々VILLAGE PEOPLEが行なっていたものではなく、ヒデキのパフォーマンスが元祖だったのである。VILLAGE PEOPLEが来日した際に、自分たちの曲でヒットを飛ばしたヒデキと面会し、そこでヒデキが例のパフォーマンスを伝授し、その後VILLAGE PEOPLEが世界中で行なったライヴにてそのパフォーマンスを広めたのである。ヒデキ、恐るべし。
 この雑記(現在註:このブログとは別)で以前紹介したバカ映画「ウェインズ・ワールド2」でも、主人公たちがゲイクラブに迷い込んだ際、ゲイのDJがかけた曲が「Y.M.C.A.」であったことからも、Y.M.C.A.=ゲイなのは疑う余地もない。日本語訳字幕担当者もかなり悪ノリしており、「素晴しい YMCA YMCA まるで天国 男の園 何でもできるのさ 素晴しい YMCA YMCA 一緒のお風呂 楽しい食事 何でもできるのさ」と、とんでもないものになっている。実際の歌詞もそんなにあからさまではないものの、あながちまるっきり見当違いというわけでもないのも確かだが。そしてこの映画でもヒデキ発祥の例のパフォーマンスが披露されており、ヒデキの影響力の凄まじさがよくわかる。

 そして、ライヴもエンディングを迎える。最後の曲もカヴァー曲。ロッド・スチュワートの「Sailing」である。全英一位を獲得したヒット曲ではあるが、これも現在はCMの影響で、日本では彼の代表曲である「Do Ya Think I'm Sexy?」なんかよりも一般によく知られているスチュワートの曲となっている。豪雨の中2時間も声を張りあげ続けていたにも拘らず、ヒデキの声が衰えることはなく、最後のこの曲も存分に声を張り上げて絶唱したのであった。
 そして「こんなに幸せな僕はいません!!」「僕が幸せになれば、皆さんにも幸せになってもらいたい」「これからが僕の本当の人生が始まると思います」などと活字にするとなんか変だが、聞く分にはとても感動的な謝辞を述べ、最後に「Sailing」のテーマメロディをヴォーカリーズで会場中で合唱し、このショウの幕は閉じるのであった。
 このライヴが収められたビデオもあるという話だが、観てみたいなぁ。

2013年後半を振り返る

 去年はあまりブログに手を付けてなかったのでちょっと去年の後半を振り返ってみる。

・9月がなかなか濃い月だった。U.K SUBSのツアーに日立公演が組まれ、それに出演。我々のステージは結構盛り上がったものの、泥酔したシュンさんが乱入を繰り返しており、終盤突如としてギターの音が消えたので後ろを振り返ったら、シュンさんがアンプのヘッドを落としてしまったというハプニング。アンプ自体は無事で弁償などはせずに済んだものの、ケーブルが断線するなどして中断して会場が冷めてしまったのは残念であった。イベントが終わったあと、まったく懲りない泥酔シュンさんに何度も同じ話をされたカツタさんがさすがに耐えかねて「いい加減にしとけよこの野郎!」とシュンさんの頭をひっぱたく場面もあるなど、やはりシュンさんはお騒がせ男である。なのに憎めないというのは得なキャラである。それにしてもU.K SUBSのギターのJetさんがお隣の高萩出身と聞きびっくり。「実家はここから車で10分位のとこだよ」とのことで、ご家族や旧友の方々などが観に来ていた。サブスに日本人ギタリストがパーマネントメンバーで入ったという話は聞いていたが、まさかこんなに近くの人だとは思ってもみなかった。おれも珍しくチャーリー・ハーパーや、アルヴィン・ギブスと写真を撮ったりした。あと、ドラムの若いあんちゃんの名前がジェイミー・オリヴァーというのが個人的にはツボだった。本国では「料理作ってくれよw」とか言われて結構イジられてるんだろうか?

・9月はその1週間後に平ハウスでSchreckwürmerとライヴ。サブスの時に撮ってもらったビデオにシュンさんの行状に関する字幕をつけたものをみんなで鑑賞。辰嶋さんと一緒に来た破戒のJUNKさんのツボに嵌ったらしく、ゲラゲラと笑っていた。Schreckwürmerのライヴはこの年に観たライヴでベストだったと思うほど凄かった。このときはPAを担当していたのだが、最初のドラムの一撃でミキサーが過入力になり電源が落ちたのには焦った。幸いすぐ復旧しゲインを下げて対応したが、すさまじい音圧だった。このライヴを録画したDVD-Rを後日Schreckwürmerに送ったのだが、その後Discogsを見たらこのDVDが登録されていた。ジャケットはコピー用紙、盤面にマジックで題名とバンド名が書いてあるだけのシロモノなのに、大変恐縮である。今後も平ハウスでのゲストバンドのライヴを録画してプレゼントしたいと思う。もちろん、ゲストさんのほうが希望すればの話だが。

・12月22日には今年もDIE YOU BASTARD!の企画「BLACK XMAS」に出演。過去2回、ガス欠だのシュンさん病院送りだの何かしらアクシデントがあったが、今回は首都高の渋滞に捕まったくらいであとは大過なく過ごす。ライヴを見た人から音源を売ってくれという声も多く訊かれるようになる。ないものは売れないので、あるようにしなきゃイカンのかな。

・年末にAURAのギタリスト、PIEさんの訃報を聞く。元気が出るテレビやイカ天の直撃世代としては色々思うところがある。しかし、訃報に触れてAURAの曲よりも真っ先に真心ブラザーズの「龍巻のピー」を思い出してしまったおれ自身が少し嫌になる。子供の頃のおれに「ヘビメタは色がカラフルで男のくせに化粧して髪の毛を膨らましたり立ててたりしている生き物」という認識を植えつけたのは、元気が出るテレビのヘビメタコーナーに出ていたこのバンドに違いない。しかしその後、髪も立ててない、化粧もしてない、Tシャツにジーンズ姿のMETALLICAやIRON MAIDENが所謂ホンモノのヘヴィ・メタルだと知った時の衝撃たるや如何ばかりのものか。近年「ヘビメタが蔑称だと言っているおっさんどもは了見が狭くて頭がおかしい」という若いメタルファンの意見をよく聞くが、こうしたことで衝撃受けた“当時の”少年少女が全国に何十万人もいたことも理解していただきたい。でもまぁ「ヘビメタとヘヴィ・メタルは別のものなんだよ」ということで蔑称というよりは別称といったほうが正しいかもしれない。おれは平気で「ヘビメタ」と言ってしまう方だが、それでもヘビメタ呼ばわりされるのは嫌だという人の気持ちもよく分かるのである。それにAURAは多分自分たちがメタルを演奏してる意識はあまりなかったのではなかろうか。メタルかどうかなんてのはあまり重要じゃなくて、AURAはAURAらしいポップでエッジの立った“良い音楽”をやっていたのである。
AURA「愛・オーランド」

※これを聴いてメタルと思う人はいないだろうし、実際にメタルではない。でもそれは曲の善し悪しを測る物差しではない。とてもポップでメロディアスでいい曲ではないか。


On and on South of Heaven

 「SLAYERのジェフ・ハンネマン死去」との訃報が入った……

 昨日(5月2日)、スラッシュ・メタル四天王(BIG 4)の一角を担う“帝王”SLAYERのリードギタリストであるジェフ・ハンネマンが、南カリフォルニアの自宅近くの病院で息を引き取った。死因は肝不全。49歳であった。
 
SLAYER Guitarist JEFF HANNEMAN Dead At 49 - May 2, 2013

 昨年のラウドパークの記事でも書いたが、ジェフは2011年に毒蜘蛛に腕を噛まれて以来、壊死性菌膜炎を発症したためにギターを弾くことに支障をきたしバンドから一時的に離脱してEXODUSのゲイリー・ホルトが代役を務めていたが、まさか亡くなってしまうとは思わなかった。
 確かにこの病気は罹患して早期のうちに治療を施さないと、病状の進行が早くたちまちに死に至ってしまう病とは聞いていたが、すでに治療に入ってから2年を過ぎており峠は越しているものだと思っていたので、非常に驚いた。
 SLAYERは最近ドラマーのデイヴ・ロンバードが待遇面での不満を表明して豪州ツアーに帯同せず、バンド内に不穏な空気が流れていたが、それに追い打ちをかけるような悲報に戸惑うばかりである。

 5月2日は15年前に元X-JAPANのhideが、最近では2010年に忌野清志郎が亡くなっている日であるが、今年の5月2日には、メタル界の巨星が墜ちてしまうことになってしまった。
 メタルを聴き始めてから20年以上経つが、SLAYERを生で観たのは昨年のラウドパークが初めてだった。そこでは代役のゲイリーが奮闘して素晴らしいライヴが展開されていたが、ジェフが復帰したらそれも観るぞと彼の回復を心待ちにしていた。しかし、ジェフのいるSLAYERを観ることが叶わず、返す返すも無念としか言いようがない。

 スラッシュメタルの黎明とともに誕生したSLAYERにハードコアパンクの要素を持ち込んだジェフは、バンドに比類なきスピード感をもたらし、「Angel Of Death」をはじめとするSLAYERの曲の大半を作曲し、後世に残る数々の素晴らしいリフを世に送り出したが、それらは昨日を以て大いなる遺産となってしまった。メタルとパンクの架け橋となり、新しいジャンルの創生に大いに寄与した偉大なミュージシャンの魂よ、安らかに。

SLAYER 「South Of Heaven」

※病に倒れて以降、混沌渦巻く天国の南を歩き続けたジェフ。無事天国に辿りついていることを願わずにはいられない。R.I.P JEFF HANNEMAN The Greatest Axeman!

GUNS N' ROSESのカヴァー選曲 後編

 前回の続き

 年末年始の仕事のゴタゴタで更新もままならず。それに加え、年末の新大久保での我々のバンドのライヴでは、前年に引き続き帯同したシュンさんが負傷し、救急車で搬送されてしまうという波乱もあり、おれも新年早々、業界団体の新年会で泥酔して、二次会場のラウンジから車椅子でホテルの部屋まで運ばれるなどの凄まじい恥をかいてしまった次第である。言い訳をさせてもらえるとすれば、一次会でビールを飲もうとしたら、それが発泡酒であったことに絶望し、赤ワインを喇叭飲みしてしまったのがいけなかった。あれがビールだったならば、そんな無茶はしなかったのである。

 と、アクセル・ローズには程遠いプチ乱行を披露したところで本題に入る。

 廊下であっさりと体力を回復させたおれは、最後列のドアからフロアーに入った。やはり後ろの方では壁にもたれかかってリラックスしながらライヴを楽しんでいる方が多い。最前付近の混雑状態とは大違いである。このあたりではバラードが立て続けに披露されていたのもあるだろう。このときは「Don't Cry」が演奏されていた。曲が終わるとインストのジャムがひとしきり演奏され、そしてTHE WHOのカヴァー曲「The Seeker」になだれ込んだ。
この曲はシングルのみで発表されていた曲で、「MEATY,BEATY,BIG AND BOUNCY」のようなコンピレーション盤に収録されている。最近は旧譜のリマスターのついでにシングルコレクションなどもリリースされ、以前よりは聴き易い状況になった。とにかく、日本に於いては知名度と扱いがまるで一致しないグループであったTHE WHOだが、初来日以降は徐々にだがそういった状況が良くなっている感じはす。おかげで学生時代に苦労して買っていたTHE WHOのアルバムが豪華版で再発され、お値段もそれほど変わらず、収録曲が倍以上になっていたりするのだから、なんとも複雑である。「The Seeker」はちょっと前にやたら軽々しく用いられていた「自分探し」的な内容の曲であるが、これは1970年の曲であるからして、「自分探し」ブームの時に出されていた似たような傾向のものとはモノが違うのである。アクセルにまつわるゴシップのひとつに「90年代前半に行なった逆行催眠によって、自分が養父に性的に虐待されていたことを知った」というのがあったが、そういった「逆行催眠」などというものをやってしまうのも、アクセルが自分のレゾンデートルを捜し求めていた結果なのだろう。本人はその催眠で呼び覚まされた記憶こそ真実だというような物言いをしていたのだが、それが本当に呼び覚まされた記憶なのか、催眠によって作り出された記憶なのかは我々の知る由ではない。
THE WHO 「The Seeker」


 次のカヴァーはライヴ本編も終盤になって演奏されたボブ・ディランのカヴァー「Knockin' On Heaven's Door」である。これは80年代からガンズのライヴではお馴染みのカヴァーで、88年にMTVで放送されたクラブ・リッツでのライヴでも演奏されている。その後発表されたアルバム「USE YOUR ILLUSION II」にスタジオ録音版が収録された。また自分たちのライヴだけでなく、92年にウェンブリーで開催されたフレディ・マーキュリー追悼コンサートでもGUNS N' ROSESという形態では2曲のみの演奏であったにも拘らず、このカヴァーを演奏してしまったという大胆さにはさすがに恐れ入ったものである(もう1曲はオリジナル曲の「Paradise City」)。この曲の思い出といえば、前述のリッツでのライヴを当時TBSで放映されていた「PURE ROCK」というへヴィ・メタル専門番組でも何曲か抜粋という形で放送したのであるが、この曲も取り上げられていた。そこで、番組に出演していたメタル評論家のキャプテン和田こと和田誠氏が、「この曲はボブ・ディランのカヴァーですけれど、彼らはエリック・クラプトン・ヴァージョンを下敷きにしていますね」などと言っていたのにはビックリした。たしかにクラプトンもこの曲をカヴァーしていたのであるが、クラプトンのはガンズのには似ても似つかない全編レゲエアレンジのカヴァーだったからである。このオッサンは何を言ってるんだ、だから後になって「生まれはオランダでも心はジャーマン」とかワケワカラン事書いてBURRN!から干される羽目になるんだ、と呆れてしまったのだが、話はここで終わらない。ガンズの「Knockin' On Heaven's Door」は確かにこの当時はロッカバラード風に演奏されており、後のスタジオ録音版も大して変わらない感じだったのだが、「USE YOUR ILLUSION」リリースに伴うワールドツアーからは、中間部がレゲエアレンジになったのである。当然、同時期に行なわれていたフレディ・マーキュリー追悼コンサートでもレゲエパートを途中で挟み込むヴァージョンで演奏されていた、そして20年の時を経た今回のライヴでは「完全なレゲエ」とは言えないまでも、全編に渡ってレゲエ的なまったりした雰囲気のある曲に刷新されていたのである。クラプトン版に似ているかといえば決して似てはいないのだが、レゲエという方向性の一致は確かにあったといわざるを得まい。もし、キャプテンがリッツでの演奏からその匂いをかすかに嗅ぎ取って「コレはクラプトン版が元になっている」と喝破していたとしたら、なかなか凄いことだったのではないかと戦慄したのであった。
 GUNS N' ROSES 「Knockin' On Heaven's Door」88年リッツ公演

※この演奏をキャプテン和田氏は「クラプトンヴァージョンを元にしてる」と大胆に言ってのけた。当時は戯言だと思っていたのだが… ちなみに曲紹介の字幕を見る限り、これは「PURE ROCK」で放送されていたものを録画した動画であろう。4:3の画面の上下を切って16:9にしているようだが、この画面の上の方の切られた部分には、放送時に時折「天皇陛下の容態については情報が入り次第お伝えします」という字幕が出ていたのであった。

 GUNS N' ROSES 「Knockin' On Heaven's Door」92年フレディ・マーキュリー追悼コンサート

※7分過ぎあたりに短いレゲエパートが入っている。また、導入部で演奏されているのはアリス・クーパーの「Only Woman Bleed」。おれが高校のときに観に行ったドーム公演と同じようなアレンジだが、そのときはストーンズのロン・ウッドが飛び入りしての演奏であった。

 GUNS N' ROSES 「Knockin' On Heaven's Door」12年ロック・イン・リオ

※昨年のロックインリオ。東京公演と同じアレンジであるが、あまり声が出ていない感じである。東京公演のアクセルは最初の2,3曲を除けば絶好調であった。ここまでゆるいアレンジになると、さすがにかつてのキャプテンの言い分も無視できなくなった。

 本編ラストの「Nightrain」が終了したときには既に10時を回っていたが、勿論おれを含め観客はアンコールを求める。開演時間はおろか開場時間まで遅くなったことに配慮してか、それほど間をおかずにバンドは再登場。そして演奏されたのがニール・ヤングの「Don't Let It Bring You Down」。なんとも意外な選曲であるが、ガンズのカヴァー選曲の縦横無尽さを思えば、まだ納得の範疇であろう。ニール・ヤングの癖のある声も、アクセルの癖のある声と同じベクトルにあるように聞こえて来るから不思議である。「嫌なことがたくさんあるけど、めげてはいけない。逆境をはねつけている人がいるのを見れば君もきっと元気になれる」という歌詞の内容だが、現代っ子の鬱人間は逆境をはねつけている人間を見ると、却って「それに引き換え自分は本当にダメな人間だ」とますますダウナーに入ってしまうのである。それを踏まえたうえで、極度の双極性障害(俗にいう躁鬱病の極端な症状)とされるアクセルがこの曲を歌っているということは、とても興味深い。また、BUFFALO SPRINGFIELDやCROSBY,STILLS,NASH & YOUNGに於けるニール・ヤングとスティーヴン・スティルスの関係性にアクセルとスラッシュを重ねてしまうのはおれだけであろうか?
 ニール・ヤング 「Don't Let It Bring You Down」

※この曲の邦題は「ブリング・ユー・ダウン」。原題が「そんなことでめげないで」というような意味なのに、まるっきり逆になってしまう。AEROSMITHの「I Don't Want To Miss A Thing」も「(君のすることを)何一つ見逃したくない」という意味なのに、邦題が「ミス・ア・シング」なので真逆の「見逃せ」になってしまうというのもあった。まだ酷い邦題の代表的存在であるTHE WHOの「恋のピンチヒッター」の方が、一応意味は通っている分マシである

 AC/DCの「Whole Lotta Rosie」である。大分この公演ではカヴァー曲が多く取り上げられていたが、この公演最後のカヴァー曲である。これはガンズファンには馴染み深いカヴァーであろう。ガンズがはじめて全米1位を獲得したシングル「Sweet Child O' Mine」であるが、7インチのシングルヴァージョンは曲を短く編集したものだったが、その後、アルバムと同じヴァージョンのシングルが12インチの45回転盤でリリースされ、そのB面には「It's So Easy」のライヴヴァージョンとともにこの曲のライヴ・ヴァージョン(どちらもロンドンのマーキー・クラブ公演の音源)が収められていたのである。ちなみにA面の2曲目にはこれまた珍しい「Move To The City」のスタジオ録音版が収録されている。珍しいといっても「LIVE?!★@ LIKE A SUICIDE」や「GN'R LIES」に収録されている擬似ライヴ音源から歓声などを取り除くと、このシングルのヴァージョンの音源になってしまうだけなのだが。また、日本独自の企画盤としてリリースされ、べらぼうなプレミアがついた「LIVE FROM THE JUNGLE」というミニアルバムにも「Whole Lotta Rosie」のマーキー公演の音源が収録されている。それにしてもこの歌の歌詞は本当に酷い。当時のAC/DCのヴォーカリストだったボン・スコットの体験談を歌ったものなのだが、要は「ポチャ系の女はなんでもやらせてくれてサイコー!」っていう内容である。この曲で歌われているロージーという女性のサイズは「42、39、56」と歌われているが、これは単位がインチであるので、センチメートルに変換してみれば、まぁ、どのような体形かはよくわかる。ちなみに体重は「19stone」とのことだが、これもキログラムとして計算してみると、まぁ冗談としか思えないわけだが。とはいえ、英語のわからない日本人にとっては、究極に恰好いいロックンロールでしかないわけで、おれもこの曲のリフをよく練習していたものである。アクセルの女性の趣味を考えるとこの曲をジョークとして捉えているのだろうが、ボン・スコットは多分本気だったのではないかと思う。それくらい彼は狂気を秘めていたし、欲望に忠実な人間だったと聞く。だからこそ、あのような非業の最期を遂げてしまったわけだが。
 AC/DC 「Whole Lotta Rosie」


 ライヴはこのあと、「Patience」と「Paradise City」が演奏されて終了。時刻は11時ちょうどだったであろうか、3時間超のライヴであったが、30曲を超えるナンバーが演奏され、カヴァー曲も各メンバーのセルフカヴァーを除くと、8曲も演奏された。ガンズのブート盤などを聴くとストーンズの「Jumpin' Jack Flash」や、プレスリーの「Heartbreak Hotel」をメタルアレンジしたものや、New York Dollsの「Too Much To Soon」をオリジナルの要素を大いに残したカヴァーをするなど、ライヴでのレパートリーの広さには本当に驚かされる。カヴァーで腕を磨いたバンドは本当にライヴが凄い。様々なミュージシャンの要素を吸収した上でオリジナル曲を作るのだから、様々な要素が絡み合った奥の深い作品が作れるのであろう。人は1人で生きていくのではなく、他人からいろいろなものを学びとって、己を作り上げていくのである。新婚の友人に誘われたライヴで、そんなことをふと思うのであった。でも、やっぱ式の2日後に嫁さんを置いて遊びに行くのはまずいと思う。こういう事の積み重ねで家庭不和にならないことを切に願うばかりである。

GUNS N' ROSESのカヴァー選曲 前編

 大学時代の友人が結婚した。おれよりも年上で、不惑の声も聞こえて来る年になってきたが、片がついて何よりである。しかし、おれはまだ独り身であるのだった。
 結婚式の3週間ほど前のこと、友人から携帯に電話がかかってきた。着信名をみて、結婚式で挨拶や何か余興でも依頼するつもりか?この日は仕事を抜けてくるので途中からの出席になるだろうし、繁忙期なので余興を練習してる暇などないから、いずれにしても断らねばな…、と若干気を重くして電話に出ると、意外な用件を切り出してきた。「あのさ、今度ガンズ来るじゃん。ライヴに行かないか?」
 さすがのおれもこれには呆れた。ガンズがZEPP東京で1回のみの公演を開催するのは知っていたが、問題はその日程である。「…正気か?ガンズのライヴって、あんたの結婚式の2日後だろ?」「当日じゃないんだから問題ないだろう?新婚旅行だって来月に行くしさ」「嫁は連れて行くのか?」「オールスタンディングのハードロックのライヴになんか、危なくて連れて行けねえよ」「しかし、新婚2日後に嫁を置いて遊びに出かけるのはどうかと思うぞ?これがきっかけで離婚とかになったらおれが気分悪い。許可は取ってんの?」「大丈夫。嫁も今目の前にいるが、行ってきなと言ってる。問題ない」何だか腑には落ちないのだが、取りあえずチケットが取れたらということで行くことにした。チケットはあっさり取れてしまった。
 
 初期メンバーがアクセル以外に誰もおらず(辛うじてUSE YOUR ILLUSIONから参加したキーボード・プレイヤーのディジー・リードは残っているが)、ギター3人、キーボード2人、ベース、ドラムという大所帯ということもあってか、GUNS N' ROSES、というよりは、アクセル・ローズのソロ・プロジェクトのような印象を持ってしまったが、実際にライヴを見てみると、意外にバンド・メンバー個人個人の見せ場があり、アクセル自身も彼らを単なる引き立て役ではなく、さすがに自分とは同格扱いとまではいかなくとも、バンドメンバーとして遇しているような感があった。個人的にはイジー・ストラドリンに何となく似た容貌のギタリスト、リチャード・フォータスのギャロッピングを駆使したソロが面白かった。ブライアン・セッツァーなどのロカビリーの要素がある音楽を演奏するギタリストならともかくも、ハードロックやメタルのギタープレイではなかなかギャロッピングを使うプレイヤーはお目にかかれないので、とても新鮮であった。
 90年代半ば頃より長い沈黙を経て、2001年のロック・イン・リオ出演で久々に大衆の前に姿を現してからというものの、その容貌の変化が取り沙汰されているアクセルではあったが、実際にステージに飛び出して来たときは「これ、アクセルのモノマネしてるただのオッサンだったらどうしよう?」と思わなくもなかったが、やはりあの声、身のこなしを見るとアクセル以外の何者でもなく、次第にそのオーラとカリスマ性に引き込まれていった。何より、あのロックスターが間近に見られたというのは何者にも代え難い感動であった。勿論、若い頃のスリムで誰が見ても憧れるような格好よさを見せ付けていた頃のライヴを見ていた人とは較べるべくもないのではあるが、20年ほど前に東京ドームの3階席の酷い音響の中で見た豆粒のような大きさのアクセルとは比較にならないほど素晴しい経験だったことには違いない。もっとも、あのときはあのときで、ダフやスラッシュがいるガンズとしては最後の来日公演であったし、東京に滞在していたストーンズのロン・ウッドが飛び入りしてきたりと、何だかんだ言っても見てよかったライヴではあった。
gunszepp01.jpg gunszepp02.jpg
※スタン・ハンセンではない。テキサス親父ならぬ、インディアナ親父といった風貌のアクセル。オッサンになって貫禄は勿論のこと、スターのオーラも充分。

 詳細なライヴリポートを挙げているサイトやブログなどはたくさん出てくるだろうから、今回はこのライヴで演奏されたカヴァー曲について書いてみる。
 今回演奏されたカヴァーはまず、PAUL McCARTNEY & THE WINGSの「Live And Let Die」である。この曲はガンズのアルバム「USE YOUR ILLUSION」に収録されていることもあり、ガンズファンにはお馴染みの曲である。大御所ポール・マッカートニーのナンバーで映画「007 LIVE AND LET DIE(邦題:007 死ぬのはやつらだ)」の主題歌ということで、ロックファンのみならず世界的に有名な楽曲であるが、現在でもマッカートニー卿は好んでライヴで演奏しているビートルズ解散後の彼の代表曲である。以前はガンズのライヴにもホーンセクションがあったので、原曲のようなゴージャスな雰囲気があったが、曲構成自体に大きな変化はないものの、ホーンがない分今回はとてもソリッドなハードロックナンバーという印象を受けた。マッカートニー卿のライヴでは一番大騒ぎになる曲だが、今回のライヴでも多いに盛り上がるカヴァーであった。
PAUL McCARTNEY 「Live And Let Die」

※老境に在ってもロックし続けるサー・マッカートニー。「007」の銃声をイメージして、この曲の演奏時には花火が上がる(屋内ではパイロ)のが定番。

GUNS N' ROSES 「Live And Let Die」PV

※メンバーの子供時代をフィーチュアしたPV。途中に「MISSING」と書かれたイジー・ストラドリンの画像が挿入されているが、彼が脱退したことを示唆したものだったのだろう。

 次のカヴァーはディジー・リードのピアノソロで披露された(他のメンバーのソロは、彼らのソロ活動やバンドのセルフカヴァーを披露しているので、それについては割愛)、LED ZEPPELINの「No Quarter」である。演奏が始まった時は、なんだか聞き覚えのあるフレーズだな、と思ったが、それがZEPのノークォーターだと気付いた瞬間は鳥肌が立ってしまった。今回はインストヴァージョンであったが、是非、アクセルのヴォーカル入りでも聴きたいものである。ZEPのライヴではジョン・ポール・ジョーンズの見せ場となっており、スタジオ盤でも7分くらいの長尺曲であるが、ライヴでは10分以上(場合によっては30分くらい)も演奏される。ガンズはストーンズとよく比較されていたが、それと並んでZEPと比較されるバンドであった。「キース・リチャーズとジミー・ペイジが同時に存在しているバンド」(恐らく、イジー=キース、スラッシュ=ジミー)などと、的を射ているのか外しているのかよくわからない喩えをされていたが、メンバーも事ある毎にZEPへのリスペクトを表する発言をしていた。例えば、スラッシュの「曲ができて、『うわー、これはスゲエ曲ができた。レッド・ツェッペリンよりいいぞ!』と思って録音したのを聴いてみると、『畜生、これはレッド・ツェッペリンの曲だった…』ってなっちまうんだよな」という発言などからは、如何に彼がZEPの影響下にあり、尚且つZEPがあらゆる形態の曲をやり尽くしてきたかがよくわかる。しかし、ストーンズのカヴァーだったら「Jumpin' Jack Flash」はガンズのライヴでも一時期よく披露されていたが、ZEPはおれの知る限りは演奏されていた記憶はない。今回のライヴのあとに最近のセットリストを見てみたが、ディジーのソロではこの曲が披露されているようである。最近はライヴ前にそのアーティストの曲を聴きこんだり、ライヴの傾向を予習したりすることをしなくなったが、予習をしなかったからこそ得られた意外性と喜びがあった。
 LED ZEPPELIN 「No Quarter」(映画「狂熱のライヴ」より

※73年のマディソン・スクエア・ガーデン公演。ジョンジーがメロトロンやオルガン、エレクトリックピアノなどを駆使するプログレ的ナンバー。8分15秒あたりでペイジが変な仕草をしているのは、テルミンを操っているためである。

 ライヴの中盤、アクセルがピアノを弾きながら歌ったのはPINK FLOYDの「Another Brick In The Wall」。先頃、元PINK FLOYDのロジャー・ウォーターズが2010年からPINK FLOYDの全世界で1500万セットを売り上げた2枚組のトータルコンセプトアルバム「THE WALL」を再現したライヴツアーを行ない、余りの好評ぶりに延長に次ぐ延長で、また来年もツアーを行なうとのことだが、この曲も「THE WALL」収録のナンバーで、先行シングルとして発売され、アルバムは1000万枚超えが当たり前でありながら、シングルはさほどヒットしないフロイドにしては珍しい全英・全米ともにチャート1位を獲得した曲である。
 曲の内容は、学校教育に反発する児童を描いたものであり、ウォーターズは“教師の質の低さや高圧的な態度が児童の教育意欲を削いでいる”という事でこの曲を作ったのだが、学校生活に於いて様々な抑圧を受けてきた子供達が教育を受けることを拒否する歌詞の内容から、「ウォーターズは、そもそも学校教育そのものが要らない、という事を主張している」と誤解され、対応に苦慮したという。いずれにせよ、アクセルが少年期にベイリー家という敬虔なクリスチャンの家庭に「ウィリアム・ベイリー」として育ち、自身も聖書に親しみ、教会に通い、聖歌隊に所属するという生活を送っていたのだが、実父であると信じていたベイリー氏は実は母の再婚相手で血縁関係に無い事実を知ってから、性格が荒れて学校でも問題児として扱われるようになり、教師や級友からも疎まれはじめ、様々な抑圧に耐えなければならない日々を送り「あんなにも神を敬ったのに、何一つ奇跡など起こしてくれなかった」と信仰を捨てるに至った。実父の姓ローズであることからウィリアム・ローズと名乗るようになった。そうしたアクセルの前半生と比較しながらフロイドの「THE WALL」聴いてみる(或いはこのアルバムを題材にした同名の映画を観てみる)と、この選曲もなかなか興味深い。
 PINK FLOYD「Another Brick In The Wall」PV

※余りにもこの教師をイヤミに描きすぎたことから、後に「The Final Cut」を作成したときに、この教師にも辛い経験があったことによる負の連鎖でこうなってしまった、という同情すべき過去の物語を描いた。

 続いてアクセルのピアノソロでは、エルトン・ジョンの「Someone Saved My Life Tonight」を歌無しの独奏が披露された。日本では「僕を救ったプリマドンナ」という邦題で有名なヒット曲だが、歌の内容からはどう考えてもプリマドンナは「僕」を自殺に追い込もうとしていて、自殺しようとした「僕」を止めてやったのはシュガーベアの方である。でもエルトンの性的嗜好からして「僕を救ったシュガーベア」という邦題ではシャレにならないのも確かであろう。実際、シュガーベアのモデルとされる伝説的イングリッシュ・ブルーズマンにして、ミュージシャン発掘の天才でもあるロング・ジョン・バルドリー(エルトン・ジョンの芸名は彼とエルトン・ディーンからとられている)も、あらぬ疑いをかけられては大変であろう。誤解がないように説明しておくが、エルトンをミュージシャンとして売り込んでやったことが大成するきっかけとなったことを、「僕を救った」という譬えにした楽曲ととして作った、ということである。
 アクセルのエルトンに対するリスペクトは昔から有名であり、フレディ・マーキュリー追悼コンサートでアクセルとエルトンがQUEENの「Bohemian Rhapsody」でデュエットしたというのも、そうしたアクセルの言動があっての実現だったのであろう。そんなアクセルがエルトンの曲を演奏するのは当然の成り行きなのであった。
エルトン・ジョン「Someone Saved My Life Tonight」

※本当に何を考えてあのようないい加減な邦題をつけられてしまったのかよくわからない名曲
  
 「Another Brick In The Wall」演奏中に、フロアの最前エリアの中央辺りにいたおれは突然息苦しくなり体調不良に陥って一旦フロアから退出した。仕事が忙しくこの日は全く食事を摂っていなかったのである。最近は肥ってきたので、空腹でも脂肪がエネルギーになるだろう、という甘い考えは通用しなかった。寒空の中で1時間以上開場が遅れたのを待っていた間に、無自覚のままエネルギーを消耗しており、そのままライヴで暴れていたので、恐らく血糖値が一気に下がってしまったのだろう。廊下に出ると涼しい風が心地よかったが、脚に力が入らず「これが老化か?」と思った。糖分が足りないと自己判断し、ドリンクチケットで三矢サイダーを購入。まさか車の運転のない状態でありながら、ライヴハウスのバーカウンターでソフトドリンクを買う羽目になろうとは。ドリンク代500円を考えると痛いが、アルコールだとカロリーがすぐに熱になって消費されてしまうので、背に腹は替えられず、サイダーを飲む。そして、アイスクリームの自販機が目に入ったので、さらにアイスを購入して喰らう。単純にエネルギー補充が目的の食事というのはなんとも味気ないものだが、あっさり体力が回復したことで拍子抜けしてしまう。やはり単純なエネルギー切れであった。これからはキチンと腹ごしらえをしてライヴに参戦することを誓った。
 それにしても廊下で聴くと非常に曲がはっきり聴こえる。やはり最前列付近はPAの位置や、観客の暴れっぷりによって、音が聴こえづらくなっているのは致し方ないのだろう。暫く廊下でアクセルのピアノソロの「Someone Saved My Life Tonight」と、ガンズの名バラード「November Rain」を聴く。廊下で酒を飲み談笑しながら演奏に耳を傾けている観客も多く、皆それぞれのスタイルでライヴを楽しんでいるのだなと思った。充分アクセルの姿を間近で堪能したので、あとはフロア後方でのんびりコンサートを楽しむことにし、フロア最後列付近のドアから再びフロア内に入っていった。

 後編に続く。

「黒い週末」凄すぎワロタ

 ももいろクローバーZのシングル「サラバ、愛しき悲しみたちよ」を購入した。表題作は布袋寅泰の作曲とギター演奏参加いうことで話題になったが、そっちの方はどうでもよろしい。いや、いい曲なんだけど、布袋本人が歌ったほうがしっくりくる様な印象を受けたのだ。実際に聴いている時は、脳内で布袋寅泰が歌っているように変換している。元X-JAPANのhide(故人)が作っていてもおかしくないような曲調だが、hideは布袋にかなり影響を受けているので当たり前といえば当たり前であった。なかなかクサイメロディや劇的な展開が多く、ゴス的な要素も感じさせ(実際PVやジャケットもゴスっぽい)、BOOWYやギタリズムの頃の布袋よりも、AUTO-MOD期の布袋を想い起こさせるものがあってなかなかよい。が、前述の如くももクロよりも、自分のソロ用に使った方がよかった曲ではないのかと。今回の購入の目的はこの曲ではなく、2曲目に収録されている「黒い終末」である。
 ももいろクローバーZ「サラバ、愛しき悲しみたちよ」PV

※歌詞の「見ざる 言わざる 聞かざるでござる 君子、危うきに近寄らずデス お願いされたら、やめたくなります だったら、許す だったら、笑え」が凄くhideっぽい。


 おれは今まで散々周りに「ももクロはいい!」と吹聴していたのだが、正直に告白すると、ももクロはとても好きなグループではあるものの、Zになってからの楽曲が正直好きではなかったのでCDは購入していなかったという、とんでもない野郎でなのである。6人編成の頃のシングルを3枚を所有しているのみにとどまり、Zになってからも「Z伝説は素晴しい!」と吼えておきながら、CDを買ったかというと買っていないという体たらく。Zになってからの最初のシングルである「Z伝説」が好きな曲というのには全く嘘偽りはないし、ブレイク直前に脱退した早見あかりに義理立てしているつもりもないのだが、どうにも食指が動かない。アルバム「バトル・アンド・ロマンス」のCDも買っていないし、「Dの純情」以降は単純に楽曲が好きではないのである。マーティ・フリードマンが参加している「猛烈宇宙交響曲・第七楽章「無限の愛」」なども、「おいおい、マーティさん、あんたちょっと前までこういう楽曲や、クラシカルな速弾きのギタープレイを散々にバカにしていたよな?」という感想を持ってしまい購入に至らず、「Z女戦争」もおれの好きな元相対性理論のヴォーカリストであるやくしまるえつこの作曲ということで期待したのだが、「やっぱ、やくしまるえつこは“自分の歌詞を他人が作った曲につけて自分が歌う”ってスタイルこそが真骨頂だな」ということで、購入を見送った。

 転機が訪れたのは、ももクロが“桃黒亭一門”名義でリリースした「ニッポン笑顔百景」であった。絶妙なイロモノさ加減がよく、「労働賛歌」等で感じた上滑り感を感じられないバランスのよさに、久々に買いであると思い購入に踏み切った。シングルにカップリングされている“もリフ”名義の「もリフだよ!全員集合」もザ・ドリフターズのパロディソングメドレーとして良くできており、非常にお得感があってよろしい。この曲の作曲者名が“前山田健一”となっているのもポイントが高い。なかなかヒャダインも度胸があるものだと関心。シ-ナ・アンド・ザ・ロケッツの「レモンティー」の作曲者名が“鮎川誠”になっていることを彷彿とさせるが、鮎川御大の域までは達していないのは致し方のないところか。
THE YARDBIRDS「Stroll On」

※映画「欲望」からのヤードバーズの演奏シーン。髭剃り跡が青々としているペイジとベックのツインギター編成が見られる貴重な映像。勿論楽曲は「Train Kept A Rollin'」なわけだが、あの有名なリフはヤードバーズのオリジナルではあるものの、曲自体は実はカヴァーなのである。しかし映画を収録するにあたって原作者のタイニー・ブラッドショウらの楽曲使用許可が下りず、「Stroll On」という曲名に変え、歌詞も変更したヴァージョンを使用した。

 そして本題であるところの「黒い週末」だが、購入動機は「この曲のギターを人間椅子のワジーさん(和嶋慎治)が弾いてる」と聴いたからである。1曲目を取りあえず聴き終え、目的の2曲目が始まると、突然ディレイのかかった咳き込むSEから曲がスタートした。これにはさすがにガッツポーズをとらざるを得ない。BLACK SABBATHの「Sweet Leaf」の出だしのパロディである。そして、70年代のサイケデリックメタル調、もっとはっきり言えばBLACK SABBATH調のギターリフが刻まれるところで狂喜乱舞である。このギターはワジーではなく、作曲者である特撮(“元”と書こうとしたが、現在もあるらしい)のギタリストNARASAKIによるものだが非常にサバスしていて宜しい。ソロはワジーが担当ということである。この曲に日本でサバスを弾かせたら右に出るものはいないであろうワジーのソロを入れるという完璧な人選には拍手を送らざるを得ない。まさに必然である。ファズの利いたハムバッカーの音にワウペダルによるエフェクト。最高である。NARASAKIはももクロでは「ピンキー・ジョーンズ」の作曲や「ミライボウル」の編曲(作曲はヒャダインこと前山田健一)などの重要な曲を提供している、ヒャダインと並ぶももクロソングライターの1人だが、彼の趣味が全開で素晴しい。「ピンキージョーンズ」などはネイティヴ・アメリカン=インディアン=インド音楽という連想からかインド音階などを用い、何故かケチャ(バリ島の民俗音楽)の要素までぶち込むという荒業をかましながらもそれを前面に感じさせず、アイドルポップスとして過不足ない出来だったし、「ミライボウル」もストーリー仕立て(ストーリーはウェストサイド物語のパロディ)のショートミュージカルで、その目まぐるしい展開の多さに圧倒され、アイドルポップスの新境地を作ったわけだが、今回の「黒い週末」の偏りっぷりは本当に凄い。冒頭の「Sweet Leaf」では飽き足らず、2分過ぎ頃の曲調が「Children Of The Grave」調に変わるところで、「All Aboard! Ah Ha ha ha ha! Aye,Aye,Aye...」と、今度はオジー・オズボーンの「Crazy Train」の冒頭部のSEのパロディまで入るというやり過ぎっぷりである。歌詞の中にあるアブラ・カダブラをもじった「カブラ・サダブラ」という呪文もサバスの「Sabbra Cadabra」のアナグラムであろう。いちいち細かいところまで行き届いているのが心憎い。サバス偏重かと思いきや、オルガンが効果的に使われており、VANILLA FUDGEやDEEP PURPLE的な雰囲気(パープルの「Strange Kind Of Woman」っぽいフレーズもあり)でありつつもダンサブルで、言うなればSPIRITUAL BEGGERS的かもしれないが、まさにNARASAKIのオリジナリティがパロディの中で炸裂しているという感じだ。そして後半はこれまでのダーク内容から抜け出し、明るい曲調となり「黒い週末」から「光る週末」になるというカタルシス満点のエンディングとなる。雰囲気が明るくなるときには「ミライボウル」的な演出もあり、あの曲がひとつの転換点となっていたことも思い起こさせる。歌詞の内容も「週末ヒロイン」としてのももクロのこれまでを総括する内容となっているから尚更である。

 メタルファンとしても、ももクロファンとしても非常に楽しめる1曲であった。まぁ、ももクロ自身が作詞をしているわけでも作曲に関わっているわけでもないので、彼女らがサバスに思い入れがあるなんて事は全くないだろうが、ももクロという媒体を利用して(というと言葉は悪いかもしれないが、ネガティヴに捉えないで欲しい)NARASAKIのロックファン振りを全開にしつつも、ももクロらしさを何ら損なわないという、一歩間違えれば酷いことになりかねない絶妙なバランスの上に成り立っている曲であるといえよう。是非聴いてみて欲しい1曲である。「いかにもアイドルって感じの歌唱がちょっと……」という方もいるだろうが、シングルに収録されているオフヴォーカルヴァージョン(カラオケ)が、インスト曲として充分なクオリティで聴けるのである。このヴァージョンの方がNARASAKIとワジーのギタープレイが存分に堪能できたりするから侮れない。

 最後にもうひとつ白状すると、たしかにおれは「バトル・アンド・ロマンス」の“CD”は買っていないのだが、“LP”は持っていたりするのであった。
battleandromance.jpg
※おれの部屋の壁に飾ってあったりする……


サラバ、愛しき悲しみたちよ(初回限定盤)(DVD付)サラバ、愛しき悲しみたちよ(初回限定盤)(DVD付)
(2012/11/21)
ももいろクローバーZ

商品詳細を見る



ニッポン笑顔百景ニッポン笑顔百景
(2012/09/05)
桃黒亭一門、もりフ 他

商品詳細を見る



ピンキージョーンズ <通常盤>ピンキージョーンズ <通常盤>
(2010/11/10)
ももいろクローバー

商品詳細を見る

※NARASAKI作曲の表題作もいいが、ヒャダイン作曲の「ココ☆ナツ」がいい感じにイカレてる名曲。PVの撮影はいわきのスパリゾート・ハワイアンズだったりする。名前は出せないが、あるとき対バンしたハードコアバンドの人がライヴの打上げでこの曲がBGMとして流れると、サビの部分でライヴの振り付けを再現しながら歌い踊ってたのには恐れ入った。


ミライボウルミライボウル
(2011/03/09)
ももいろクローバー

商品詳細を見る

※NARASAKI編曲の表題作もいいが、横山克作曲の「Chai Maxx」がいい感じにイカレてる名曲。名前は出せないが、あるとき対バンしたハードコアバンドの人がライヴの打上げでこの曲のPVを見ながら、振り付けの元ネタを一つ一つ解説していたのには恐れ入った。


バトル アンド ロマンス アナログレコード盤バトル アンド ロマンス アナログレコード盤
(2011)
ももいろクローバーZ

商品詳細を見る

※おれは3990円(定価)で買ったのに、今現在恐ろしい値段で売られててワロタwww ワロタ…… 笑えねえ値段……


シフォン主義シフォン主義
(2008/05/08)
相対性理論

商品詳細を見る

※このEPが一番いい出来かなと個人的には思う。


マスター・オブ・リアリティマスター・オブ・リアリティ
(2010/12/22)
ブラック・サバス

商品詳細を見る

※「Sweet Leaf」収録のサバスの3rdアルバム。


血まみれの安息日血まみれの安息日
(2011/12/21)
ブラック・サバス

商品詳細を見る

※「Sabbra Cadabra」収録の5thアルバム。個人的にはオジーサバスの最高傑作。「サバスは4枚目まで」とかしたり顔で言ってる自称ロックマニアの事が本当に哀れに思わざるを得ないほどの名盤。この次の「SABOTAGE」もええよ。

イングヴェイの新譜が意外におもろい

 このブログでしょっちゅう採り上げられているイングヴェイ・マルムスティーンであるが、ALCATRAZZ時代や初期RISING FORCE時代のリマスター盤を別にすると、21世紀になってから彼の新譜を買ったことが1度しかない。それも新世紀の初年度たる2001年の3月に買った「WAR TO END ALL WARS」という、曲や演奏はなかなかの内容でありながら、デモテープ並みの凄まじく音質の悪い作品である。90年代に結構人気のあったオランダのロビー・ヴァレンタインというミュージシャンが発表した、プライヴェートスタジオで何から何まで1人でアナログ録音で作成したというデモ音源が普通の製品盤と遜色のない高音質であったのを聴いていたため、「いくらなんでもメジャーレーベルからこんなの出しちゃだめだろう」と慄然としたことを思い出す。ほぼ全ての曲がギターの6弦をグリッサンドする音で始まるのが印象的な作品であった。

 その次回作である「ATTACK!!」は嘘か本当か知らないが、90年代に散々シカトされていたアメリカ市場で結構売れたという話をきいてはいたのだが、ドゥギー・ホワイトという元RAINBOW(といっても、90年代にリッチーが気の迷いでやったやつ)のシンガーが参加ということであまり食指が動かなかった。確かにこの人はとても歌が巧いんだが、どうにも印象に残らない人なのである。何だか同じ傾向にある元BLACK SABBATHのトニー・マーティンを髣髴とさせる風貌も中途半端に冴えないものであった。どうせ冴えないなら、ゲイリー・バーデンのようにとことんまでダサいほうが何かと印象に残るのであるが。その次も同じくドゥギーを随えての作品「UNLEASH THE FURY」だったのだが、あまりといえばあんまりのやっつけ感丸出しのジャケットに度肝を抜かれるも、やはり購買意欲は掻き立てられず、購入を見送っている。

 そして、イングヴェイが「今までの作品が帆船だとしたら、今度の作品は原子力潜水艦だ!」と豪語した脅威の作品「PERPETUAL FLAME」であるが、とにかく、あらゆる意味で悪い方向に強烈なインパクトを与えてくれたジャケットに度肝を抜かれた。オッサンがパソコン教室で覚えたばかりの画像編集ソフト操作でやりがちな立体感のある効果を用いて作られた「Yngwie Malmsteen's Rising Force」のロゴ。「Rising Force」のところがアーチ状になっているのが、パソコン教室で覚えたばかり感を増幅させている。おれもパソコンを覚えたての十数年前(おれは独学)は画像編集ではこういう効果を使わなければならないと思い込んでおり、会社のWEBサイトのデザインがとてもスットコドッコイだったことを思えば、彼を悪く言うことはできまい。そして、太っていることを誤魔化すために口をすぼめて頬をへっ込ませようという無駄な努力がバレバレのその表情。おれも近頃太ってきてしまったのでその気持ちがワカランでもないため、彼を悪く言うことはできまい。でもフィンガリングしている左手からほとばしる炎、これはいただけない。
 この作品のヴォーカルはドゥギーではなく、元JUDAS PRIEST、元ICED EARTHのティム・リパー・オーウェンズ。この人も前任者のように、実力はとてもあるのだが、華がないタイプの人である。特にJUDAS PRIESTに加入したばかりの頃は「ロブ・ハルフォードより凄い歌唱」と絶賛され、ライヴでもその実力を遺憾なく発揮し、「もうロブは要らない」という意見で埋め尽くされるほどだったが、時が経つにつれ、その華のなさを露呈し、スタジオ盤があまり良くなかった、特にロブほどセンスのいい歌メロを作ることができなかったことから、「やっぱ、ロブじゃなきゃダメだ」ということになり、プリーストを去る羽目となった悲劇のシンガーである。30代以上のメタルファンなら覚えている「BURRN!のアルバムレヴュー92点事件」で有名なICED EARTHに加入した時は、バンドの路線とマッチしたストロングスタイルの歌唱が好評で、何よりプリーストのような華麗なイメージの全くない無骨なバンドであったことから、これで彼の安住の地が見付かった、とファンが胸を撫で下ろし、待望の来日公演も決定していたのだが、何と、来日直前にメンバーが脱退してしまい来日は中止になってしまうという悲劇に見舞われる。しかも脱退理由が「お笑い芸人になるため」という笑えない代物であった。その後、サイドプロジェクトのBEYOND FEARを立ち上げて、ICED EARTHと並行して活動するも、オリジナル・ヴォーカリストの復帰に伴いICED EARTHを解雇される。その後、BEYOND FEARの方の活動は継続しつつも、イングヴェイのバンドに加入することになった。
 実は、彼らは以前オジー・オズボーンのトリビュート盤に於ける「Mr.Crowley」のカヴァーで共演していたのだが、口ではランディ・ローズを尊敬しているようなことを言いつつも、オリジナルなんか知ったことかばかりに手癖ソロを弾きまくる(でも2回目のソロは叙情的で素晴しい)イングヴェイと、何故かあの曲の最初の歌い出しからハイトーンシャウトの力みまくった歌を聴かせるティム。そのお互いのミスマッチぶりが結構面白かったものの、こりゃ組むことはないわな、と思っていたのでビックリしたものである。
 肝心の作品であるが、とりあえず試聴してみたところ、1曲目の「Death Dealer」がなかなか格好良かったものの「…どこが原子力潜水艦?」と首を傾げるような感じであった。イングヴェイのへヴィさの概念はどうも80年代くらいで止まっている感じがする。しかし、90年代にリリースした名盤「THE SEVENTH SIGN」収録の「Pyramid Of Cheops」などは当時でもかなりへヴィな印象のある曲だったので、決してヘヴィネスに関するセンスがないわけではないとは思うものの、多くのへヴィなギタリストが中音域をカットしたドンシャリサウンドで、尚且つ低音を強調したセッティングにしているのに対し、あくまで音の粒立ちを優先するイングヴェイは中高音域が強めのセッティング(これはミスがとんでもなく目立つので、技巧に自信のない人はまずやめておいた方がよい)なのが、それほどへヴィネスを感じさせない要因となっているのかもしれない。勿論、録音のまずさもそれに拍車をかけているだろう。あと、ティムのヴォーカルもどうもイングヴェイの曲と噛み合っていない感じで、空回りしている印象を受けた。グラハム・ボネットのような絶唱を期待したのだが、ティムの歌はそこまではじけておらず、どことなく小さくまとまっている感じであった。取りあえず、このときも購買を見合わせた。DEEP PURPLEとのカップリングツアー、といえば聞こえはいいが、実質パープルの前座での来日公演を行なった後、続く「RELENTLESS」もティムのヴォーカルということだったが、真偽はわからないが、どうも「PERPETUAL FLAME」のアウトテイクで構成されていると囁かれており、いずれにしろこのときも購入することはなかった。ジャケットはどうでもよかった

 今年になって「イングヴェイの新作が出る」という話がきかれるようになったが、正直期待してはいなかった。しかし、「どうやら、バンドメンバーが誰もいなくて、ヴォーカルを含め、イングヴェイ1人で全パートを録音するらしい」との噂を聞き、俄然興味が湧いてきた。元々ギター以外でも、殆どのアルバムのベースはイングヴェイ自身が弾いているし、ATTACK!!ツアーの頃は、ライヴでイングヴェイのドラムソロが披露され、各地で喝采を受けていたということもあり、これは案外面白くなるのではないかと考え、今回は久々に「お布施」するか、ということで、新作「SPELLBOUND」を購入したのである。

 今回のアルバムの感想であるが、はっきり言って他人に勧められる代物ではないし、各所でボロクソに書かれているが、個人的にはなかなか面白く聴けた。
 今作の特徴としては、「WAR TO END ALL WARS」程ではないにせよ相変わらず音質が悪いのであるが、今までと違いリードギターの音が引っ込み気味である。イングヴェイといえば、リードギターばかり目立たせることしか考えていないんと違うか?というくらいライヴではギターの音ばかりがでかく、スタジオでもギターの音を前面に押し出しているのだが、今回はそうではなかった。今までよりもバランスを重視しているのだなとも考えたのだが、今回は13曲中10曲がインストゥルメンタルである。歌モノ作品ならともかく、その殆どがギターによって主旋律が演奏されている曲ばかりなのに、ギターの音を引っ込めているのである。どうにも彼の意図はワカランが、単にミックスをミスしただけなのかもしれない。デモ彼のギターの音がバッキングに埋もれているというのはなかなか新鮮であり、なんか妙な浮遊感すら覚えるのである。ソロのフレーズがもう手癖全開のいつものアレなわけだが、その単調さが妙に心地よかったりする。
 そういったトリップ感を演出しているのには、バックで流れている男声コーラスで「あー」と歌っている風のサンプリングにもあると思う。このサンプルが最初っから最後まで、殆どのパートで流れっぱなしなのに気づいた時はとても笑えた。そうするともう「あー」が耳をついて離れない。確かにこれが流れているとクラシカルで荘厳な感じはするし、恐らく薄っぺらな録音を補強するのにとても便利な方法であるということでこれを流しているのだろうし、実際そのとおりの効果が出ているのではあるが、いくらなんでも安易に多用しすぎだろ、と突っ込みたくなるような頻度で「あー」が聴こえて来る。そこにイングヴェイのパラノイア的気質が顕れているようで、面白い。
 そして彼のヴォーカルである。これは今までもアルバムによっては1曲くらい彼が歌っている曲が入っていたりしたので、さして驚くようなものではない。それに彼の声は非常にブルーズ向きであるように個人的には思う。ライヴで歌うジミ・ヘンドリクスのカヴァー曲「Red House」に於ける彼の歌唱は非常に堂に入ったものであるし、そのかすれ気味のダーティながら温かみのある声はおれは結構好きである。ブルーズ以外でもアルバムを買ってもいないくせに、「UNLEASH THE FURY」収録の「Cherokee Warrior」が好きで、ようつべでよく聴いていたりする。今回もブルーズっぽい(ブルーズではない。「あー」サンプラーも入っている)「Let Sleeping Dogs Lie」ではなかなか渋い歌唱を聴かせてくれている。楽曲自体の出来もよい。勿論、巧いヴォーカリストではないので、彼の歌が合わないような楽曲、今回は特に「Poisoned Mind」ではまさに精神を毒されそうな酷い歌唱になってしまってはいるのだが。
 あと、おまけのDVDもそれなりに面白い。特に最近エンドース契約を新たに結んだセイモア・ダンカン(ピックアップのメーカー)への義理立てのためか、新開発した自身のシグネチュアモデルである「YJM Fury」を誉めたいばかりに、名指しこそしていないものの、過去20年以上エンドース契約をしていたピックアップメーカーのディマジオをボロクソに貶している様は圧巻。フェンダーのピックアップが気に食わずに、ディマジオのFS-1を載せたら好みの音が出たものの、ノイズが酷いというので、スタック構造(ハムバッカーのように2つのコイルを使って、ノイズを打ち消す原理なのだが、ハムバッカーのように並列で繋ぐのではなく、上下に重ねる構造)のピックアップを作れとディマジオに進言し、HS-1(HSは“ハムバッカー・シングル”の略)を開発。それを進化させたHS-2、そしてイングヴェイの代名詞となるHS-3、HS-3をやや高出力にしたイングヴェイのシグネチュアモデルであるYJM(エンドース契約が切れた後は、HS-4)というHSシリーズを二人三脚で作ってきた相手に対し、「不満があったが、仕方ないから我慢して使ってやった」など言いたい放題。ちなみに新作のギターの音は歪が以前より深い割には音の角が取れている印象がある。年月を経て体型とともに性格まで丸くなってきた等と言われたイングヴェイではあるが、やはりその根幹は若い頃とちっとも変わっていないようで何よりであった。
 残念な点としては、ドラムが打ち込みだということだ。事前データによると「生ドラムと打ち込みの半々」と彼自身が言っていたそうなのだが、ハイハットをはじめ、金物の音が全編に渡ってもろに打ち込みである。スネアやタムも音はともかくフレーズは打込っぽい感じだし、どこが半々なんだよと思ったが、どうやら、太鼓は生音を録音したサンプルを使った打ち込み、金物は元々サンプラーに入ってる合成音の打ち込みということで、「生ドラムと半々」ということらしい。まるで「高速道路の無料化は実現しました。ただし、利用者の殆どいない区間のみではあるが、高速無料化の実現には違いない」という政治家の答弁のようなレトリックである。イングヴェイ自身が過去に散々「ドラムを叩くのが好きだ」と言っていたものだから期待してしまっていた分、残念であった。

 欠点は多いものの、ただ面白いってだけではここまで聴けないので、やはりイングヴェイの個性と魅力は再現されている作品ではあるのだろう。何とかいいプロデューサーとエンジニア、そして、彼と対等に近い立場のバンドメンバーがいればもう一花咲かせてくれるだけのポテンシャルはまだ秘めているのではないかと思う。すぐ喧嘩別れしそうな感じではあるけれど。あと、全編ブルーズのアルバムを1つ作って欲しいもんだと切に願う。かつてのヴォーカリストで唯一といっていいほど友好的な別れをしたマッツ・レヴィンや、イングヴェイとセッションしたビリー・シーンなどは口をそろえて「彼が気まぐれに弾くブルーズは本当に素晴しい。何故それを録音しないのか。勿体無い」と言う。マイケル・ジャクソンが死んだ時、嫁(兼マネージャのエイプリル。守銭奴という印象があり、イングヴェイを尻に敷いている)の入れ知恵で、ゴミみたいな「Beat It」のカヴァーを録音するなどという非常に恥ずかしい真似をしでかしたので、それに較べればブルーズのアルバム1つをでっち上げるなどわけはない筈。奥さん、案外いい金儲けができるかも知れませんよ?何とか旦那を説得してくれませんかね?

 ……しっかし、ダイムバッグ・ダレルの命日(ジョン・レノンの命日でもあり、真珠湾攻撃の日でもある)に何書いてんだろう。PANTERAの「VULGAR DISPLAY OF POWER」とBEATLESの「REVOLVER」とVAN HALENの「WOMAN AND CHILDREN FIRST」(「Tora!Tora!」が収録されているので。DEPECHE MODEには正しく「Tora!Tora!Tora!」という曲があるが、残念ながらCDを持っていない)を聴いて寝る。


スペルバウンド~デラックス・エディション(初回限定盤)(DVD付)スペルバウンド~デラックス・エディション(初回限定盤)(DVD付)
(2012/12/05)
イングヴェイ・マルムスティーン

商品詳細を見る

※この文章を読んで「聴きたい」と思った人はいないかも知れないが、おれは本当に気に入ってます。本当だぞ。

ジョン・ロード死去

 夏風邪をひいてしまった。昨日、水戸に卍LINEが来るというので観に行こうかと思ったら、突然めまいがして動けなくなってしまった。38度6分の熱が出てしまい悪寒が酷く、今年一番の暑さだったにも拘らず、ガタガタ震えてコタツを引っ張り出して潜り込んでしまう始末。もっと早い時間に出かけていたら、水戸のクラブの中でぶっ倒れてえらい事になってしまうところだった。
 そのまま寝込んでしまって、未明に目が覚めると、汗をびっしょりかいて、とても気持ちが悪い。まだ熱が下がりきらなかったが、目が覚めてしまったのでベッドに移動し、横臥したまま携帯でネットを見ていると、元DEEP PURPLEのキーボード奏者であるジョン・ロードの訃報が目に入った。昨年、癌であることを発表していたのでそれほど驚かなかったものの、なんとも寂しい限りである。

 所謂第1期DEEP PURPLEに於いては、彼が主導権をとってオルガンをメインに据えたいわゆる「アート・ロック」などと呼ばれるタイプの音楽をやっていたが、これがなかなか面白い。どうしてもリッチー・ブラックモアが主導権をとったハードロック期のイメージが強いパープルであるが、実は第1期の時にリリースしたジョー・サウスのカヴァー曲「Hush」が全米4位の大ヒットとなっており、パープルのシングルで最もアメリカのチャートアクションが良かった作品である。KULA SHAKERも同曲のパワフルなカヴァーをしているが、もろにロードに影響を受けていることが窺えるキーボーディストのジェイ・ダーリントン(後にOASISに加入)の趣味が全開となっている。
DEEP PURPLE「Hush」

※PLAY BOY誌のオフィスビルで収録されたテレビ番組。冒頭でブラックモアにギターを教わっているのは、創業者のヒュー・へフナー氏。それにしてもロッド・エヴァンス(Vo)の衣装はもうちょっとどうにかならなかったものか…

KULA SHAKER「Hush」

※イントロのパーカッシヴなオルガンの演奏や、筐体の傾けなど、ダーリントンのロードッぷりが全開となっている。

 2ndアルバム収録の聖歌のようなバラード「Anthem」や、3rdアルバム収録の「April」のようなプログレまがいの長編曲など、ロードの趣向を前面に押し出した名曲がある。ライヴでは2nd収録のインストナンバー「Hard Road」が「Wring that Neck」と改題されてメンバーのアドリブ合戦となっていたが、その凄まじさたるや筆舌に尽くしがたく、CREAMやLED ZEPPELINを超えるライヴを行っていたのではないかと思う。実際、CREAMのUSツアーに前座で回っていたら、パープルの方が盛り上がってしまうということで前座から外された事もあった。しかし、後のロイヤル・アルバート・ホールでのCREAM解散ライヴにはパープルを前座で起用している。
DEEP PURPLE 「Wring That Neck」

※69年のベルギーに於けるビルゼン・ジャズ・フェスティヴァルでの第2期にメンバーチェンジした直後の演奏。あまりにも圧倒的。巧いとかそういうレベルではなく、ただただ凄いとしかいえない。

 ブラックモア主導になってからはあまり曲作りのインプットはないが、「Highway Star」や「Burn」のようなバロック調(というか、そのまんまバッハ)のオルガンソロを組み込んで、曲に強烈なインパクトを与えていた。ジム・マーシャルが亡くなったときの記事でもちょっと書いたが、ハモンド・オルガンは通常「レスリー・スピーカー」という、スピーカーユニットが回転してドップラー効果を作り出す特殊なスピーカーシステムで鳴らすのが定石であるが、ロードは第2期に於いてはオルガンにマーシャルアンプを繋いで、アンプをオーバードライヴさせたディストーションの効いたオルガンサウンドを出すことで、ハードロックにマッチしたサウンドメイキングをしている。第3期ではソウルっぽい要素が増えたためか、レスリー・スピーカーに戻している。ちなみに第3期の時に出演したカリフォルニアジャムでは、キーボードのところにフェンダーのアンプが見えたけど、あれにはシンセ(アープのオデッセイ)を繋いでいたのだろうか?

 また、DEEP PURPLE解散後にはWHITESNAKEに参加している。一時期はメンバー6人中3人(カヴァデール、ロード、ペイス)が元パープルなどという状況となっており、85年のDEEP PURPLE再結成の時もロードは「カヴァデールをヴォーカルにした方が良い」と提案していたらしいが、ブラックモアが「ギランじゃないとやらない」と突っぱねたため、第2期の布陣での再結成になったようだ。ブラックモアは実際にギランを嫌っていたが、カヴァデールの事はもっと嫌いだったようで(80年ごろ、RAINBOWの楽屋を訪れたカヴァデールをいきなり殴りつけている)この形での再結成になったが、この後カヴァデールのWHITESNAKEが天文学的な成功を収める事になったというのはなんとも皮肉である。
 しかし、ジョン・ロードとイアン・ペイスの参加しているWHITESNAKEのほうが好きだというマニアは結構多く、「Fool For Your Loving」のリメイクで「ふざけんな!」と声を上げたオールドファンの気持ちに対し、当時は何でそんなにおっさん達怒ってるんだろうとも思ったが、最近は良くわかる。とばっちりを受けて戦犯扱いされたスティーヴ・ヴァイはたまったものではなかっただろうけど。ゴージャスでアメリカンなWHITESNAKEもいいけど、ポリープの手術で高音がスムーズに出るようになる前のマイルドな中音域の声で歌うカヴァデールに、ツインギターが絡みつき、ニール・マーレイの派手なベースライン、ペイスのスウィングしたドラムと、ブルージーなロードのオルガンが乗るスタイルもまた恰好いい。このように、クラシック嗜好ばかり取り沙汰されるロードもやはりロックンローラー、ブルージーなプレイもお手の物なのである。2002年にパープルを脱退した後に結成したJON LORD & THE HOOCHIE COOCHIE MENはバンド名のとおりのブルージーなバンドだった。
WHITESNAKE 「Fool For Your Loving」

※ルックス的にもこの頃のカヴァデールが一番恰好いい。一方、ロードとペイスは一見すると誰だかわからない…

JON LORD & THE HOOCHIE COOCHIE MEN 「24/7 Blues」

※ロードの懐の深さが垣間見える。曲によってはこれにお得意のバロックフレーズを盛り込んだりするところが流石である。

 先述のようにDEEP PURPLEを脱退していたが、2009年のDEEP PUPLEの来日公演の最終日に「Perfect Strangers」でゲスト参加した。しかも、ギランが全く紹介しなかったので、ロードが弾いていることに気付かなかった人もいたという。この辺がギランらしいというかなんと言うか。黙って入れ替わる現キーボーディストのドン・エイリーもその辺のイングリッシュ・ジョークはお手の物である。そのままエイリーに加え、前座のイングヴェイ・マルムスティーンも参加して、豪華メンバーでの「Smoke On The Water」の演奏が行われた。日本ではこれがロードを観る最後のチャンスであった。正直、現在のイングヴェイにもパープルにもそれほど魅力の感じていなかったおれは、当然このライヴには行かなかったわけだが、なかなかレアなイベントであったとこは間違いないだろう。

 71歳という決して若死にという年齢でもないので仕方ないという気持ちも強いが、よくある「あの世で観たいスーパーバンド」の常連となりそうな方の逝去であった。とりあえず、ゲイリー・ムーアやフィル・ライノット、コージー・パウエル、ロニー・ジェイムズ・ディオあたりとセッションしているだろうか。R.I.P
プロフィール

でー

Author:でー
メタルとか他いろいろなことを
法螺や誇張を交えてつらつらと

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR