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ジャパメタに関して悔い改める

 以前ブログに「初期LOUDNESSのタイツ&白ブーツといった恰好はきっつい」みたいな戯れ言を書いたことがあったが、全面的に撤回させていただく。もちろん、80年代メタルのタイツだのスパッツだのに白ブーツを組み合わせたファッションそれ自体はきっついもんだと今でも思っている。ALCATRAZZのビデオを見るたびに、やっさんファッションが超イケているグラハム御大はともかくとして、ドラマーのヤン・ウヴェナのタイツ姿はどうにかならんものかと未だに思う。しかしそういう恰好をしている人物の人となりやアティテュードを含めて見るにつけ、LOUDNESSがこれをやっているのは非常に格好いいものだと全面的に肯定せざるを得ない。LOUDNESSにこれまできちんと向き合っていなかったおれの浅はかさが、あのような戯言を吐き出させる事となってしまったのだろう。まったくもって情けない。
 おれの認識を改めさせてくれたのは、ムック本「ジャパニーズ・メタル」に載っていた1枚の写真であった。
japameta.jpg
 もう、コレを見た時の衝撃と言ったら半端じゃなかった。今までLOUDNESSの写真は腐るほど見てるし似たような衣装を着ている(或いは同じ衣装だったかもしれない)写真も見ていたと思う。しかしこの見得の切り方は初めて見た。このニィちゃんとタッカンのすさまじい形相は、もうまさに「天下取ったる!」という覇気に満ち満ちており、途轍もなくヘヴィメタルサンダーなショットであるといえる。マー君のこの悩ましげな表情も貴重だが、この中に真っ直ぐな鉄の棒でも入っているのではないかと思ってしまうほどに力強くまっすぐ伸びた右腕が、彼がワールドクラスのバンドのベーシストであることのみならず、後にがまかつのフィールドテスターとなるほどの釣師としての存在を誇示しているかのようだ。同じゼブラ柄でも「ヘヴィ・メタル・パーキング・ロット」のゼブラマンとはオーラが違いすぎる。そして重鎮である故・ひぐっつぁんの重厚な存在感。こんな穴あき網タイツを穿いていても渋いひぐっつぁん。決して老け顔ではないのに20代でこの存在感はなんなんだと。もう死ぬほど格好いい。そして「EUROBOUNDS」のDVDを観ると、あまりの格好良さに悶絶。LOUDNESSと同じ国に生まれた奇跡に感謝したくなるほどだ。こうした気合の入り方がライヴの演奏にもしっかりと反映されているのが見て取れるのがいい。技巧派のギタリストはともすれば棒立ちで指板を凝視しながら丁寧に演奏する姿がライヴでも見られがちだが、タッカンはせわしなく動きながら力強くフィンガリング、ピッキングするさまがこれでもかと伝わってくる。やはりメタルは「強さ」を感じさせる音楽であって欲しい、当時のメタルファンが抱いていたそういう願望を満たしてくれるのがLOUDNESSであったのだ。
 今にして思えば、おれなどはLOUDNESSの全盛期に間に合わず、高校生ぐらいの頃には既に大御所であり「とっくに落ち着いた大人のやってるバンド」という先入観があったのだろう。その後、遡って音源を聴き、LOUDNESSの音楽性の素晴らしさは認識したものの、バンドそのものの価値というものを見過ごしていた。これからは悔い改めて、音楽の良し悪しだけでなく、バンドやミュージシャン自身の持つ魅力そのものを感じるような音楽鑑賞活動を行なっていきたいものである。
LOUDNESS 「In The Mirror」

※「EUROBOUNDS」収録のライヴ。ヨーロッパのファンたちがここまで熱狂するのは、曲や演奏の良さは勿論のこと、LOUDNESSの持つ熱気が観客たちに十二分に伝わっているからであろう。

 ジャパメタと呼ばれるシーンでは、LOUDNESSと44MAGNUMのファッションが基本となっているのであろうが(44MAGNUMに関しては後日機会を改めて記事にしたい)、たとえばメジャーどころのXなんかもこの系譜をしっかりと踏襲しており、インディーズ時代にはこのような写真をEPのジャケットにしている。
japameta01.jpg
 夜の公園でヘビメタ4人が写真撮影をしているという図を想像するだけでもワクワクする。手前のヨシキと向かって右のジュン(高井寿)のしっかりとしたカメラ目線に比べ、中央のヒカル(宇高光)のどこか不安げな表情、そして左端のトシの視線のズレっぷりとどこか様になっていないポージングが、まだまだこのバンドがこの時点では未完成であったことを窺わせる。

 ―――ラウドパークの帰りにまたもや寄った高円寺のレスカフェで、友人M君の知己である常連客のO氏に前述のLOUDNESSのことを話したところ「あの頃のラウドネスがやっていることがダサいわけがない。認識を改めたとはいえ、そうだと少しでも感じた君のほうがおかしい」とズバッとキツイことを言われてしまった。このO氏は高円寺の地元っ子であり、メタルのみならず、ノイズやハードコアなどに精通している方で、いろいろ興味深い話を聞いたが、その中でもO氏自身が10代の頃に“万引き”ならぬ“万押し”をしょっちゅうしていた、と話していたのが興味深かった。「マンオシってなんスか?」と尋ねると、O氏がノイズを一音出しては録音し、また別の一音ノイズを出しては録音し、というのを繰り返して作った音源をアセテート盤に記録し、レコード屋に勝手において行ったというのである。「勝手に持っていくのが万引きだから、勝手に置いてくのは万押しでいいでしょう」とのこと。よくミュージシャンの人が「昔、勝手に推薦ラベルを作って、CD屋においてある自分のCDに貼り付けてた」などと言っていたことを見聞きしたような覚えがあるが、まぁ、上には上がいるものである。
 90年代前半に、都内でようわからん紙袋に入っていた正体不明のアセテート盤を入手したという人がいたら、それはO氏が“万押し”したレコードかもしれない。



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タブチくんとイングヴェイ

 ロックファンが知っている共通のネタの一つに、QUEENの名曲「Killer Queen」の空耳ネタがある。サビの部分の「She's Killer Queen Gunpowder Gelatin~♪」のところが、「She's Killer Queen がんばーれタブチ~♪」に聞こえるというアレである。
 日本に於ける4コマ漫画の歴史の中で空前にして絶後な存在感を見せつけ、後進に大いなる影響を及ぼした漫画家・いしいひさいちの代表作といえば、野球4コマの不朽の金字塔である「がんばれ!!タブチくん!」であろう。ようやく、大規模な余震も減少している感を受け、部屋の片付をする気になった。そうすると、整理中に懐かしの漫画を見つけてしまい、片付けをせずにその漫画読みふけることになるのはお約束というもの。「がんばれ!!タブチくん!」を見つけたおれは面白さと懐かしさのあまり、貪り読んでしまった。

 この漫画はタブチくんの体型、要するにデブを題材にしたモノが多い。その中でも、タブチくんがホームランを打ったのだが、ビデオでスロー再生すると、ボールは振ったバットには当たっておらず、その出っ張ったお腹に当たり、その反動でそのままスタンドまで飛んでいったというものがあった。この漫画は当然、タブチくんのモデルとなった元プロ野球選手の田淵幸一氏も知っており、やはり「タブチくん」のレギュラーキャラの1人であったヒロオカ監督のモデルである広岡達郎氏と2人で野球中継の解説をした際、テロップのイラストがいしい氏によるタブチくんとヒロオカさんの絵だった。広岡氏はこの漫画のことを知らなかったらしく、自分のイラストのデフォルメ具合が気に入らなかったようで、放送中に「僕は酷い顔に描かれてるねえ」と不満を漏らしたところ、田淵氏が「広岡さんはいい方ですよ。僕なんかお腹でホームラン打たされましたから」とフォローを入れる一幕があった。実際、田淵氏自身はこの漫画を非常に気に入っており、己の体型がネタにされているのをみても怒るどころか、大笑いしていたとのことである。

 そのデブネタの中で、かつて痩せていた頃の思い出を語るシーンがあった。タブチくんが後輩のカケフ選手(当然、ミスタータイガース掛布雅之氏がモデル)で、たこ焼き屋の屋台で「俺も昔は痩せててね、タブチスマイルと言われてたんだよ」「キャッチャーじゃマスクで顔が見えないっていうんで、客席に近いファーストにコンバートしようって話もあったんだよ」「カケフ、お前も食生活には気をつけろよ。人間太っちゃおしめえよ」と、昔の痩せててアイドル的存在だったことを思い出し、当時若手で台頭してきてやはりアイドル的人気のあったカケフ選手にアドバイスしているという場面である。実際、田淵氏は阪神に入団したての新人の頃は非常に痩せており、「キリン」とあだ名されるほどの長身痩躯のモデル体型と整った顔立ちで、野球選手の中でも一際ルックスのいい選手であった。しかし、入団2年目のあるとき、田淵氏は選手生命の危機ともいえる大アクシデントに見舞われることになる。対広島戦に於いて、外木場義郎投手(ノーヒットノーラン3回・うち1回は完全試合を成し遂げた名投手)の投げたボールが田淵氏の側頭部(左耳)に直撃して脳挫傷と鼓膜を損傷、耳から大量の血を噴出し、そのまま意識不明の重体に陥るという事故が起こってしまったのだった。幸い、生命を取りとめ、後遺症も左耳の難聴が残る程度で済み、ボールに対するトラウマに関しても、事故に関する記憶を失くしており、ボールへの恐怖心などはなかったようであった。しかし、そのデッドボールがきっかけで、体質が変わったためか、痩身だった田淵氏はみるみるうちに太ってしまい、後にデブキャラとして愛される「タブチくん」が誕生するきっかけとなったのであった。
 映画「がんばれ!!タブチくん!」3回裏

※5:37あたりから「俺も昔は痩せててね」のシーン。映画は既に西武へ移籍してから製作されたため、原作では阪神時代に描かれたネタも西武時代に置き換えられている。タブチくんの声を当てているのは西田敏行。

 この田淵氏のエピソードを聞くと、メタルファンとしてはどうしてもあの人物を思い起こさずにはいられなくなる。そう、天才ギタリスト、イングヴェイ・マルムスティーンである。
 スウェーデンから単身アメリカに渡ったイングヴェイ少年は、ノルマン人の典型のような色白の美少年であり、左右の瞳の色が違うオッドアイであることも、彼の存在の神秘性に拍車をかけた。ヴォーカリストのロン・キールが率いるSTEELERに加入してデビュー。LA界隈のクラブシーンで「STEELERにとんでもないギタリストが入った」と話題になり、ロックファンや、ミュージシャンが大勢おしよせ、STEELERそのものはそっちのけで、イングヴェイのギタープレイに熱い視線が注がれたのであった。その中にはKISSのジーン・シモンズやBLACK SABBATHを脱退したロニー・ジェイムズ・ディオ、UFOのフィル・モグ、帝王オジー・オズボーンなどもおり、有名無名に関わらず、様々なバンドの間でイングヴェイ争奪戦が繰り広げられた末に、元RAINBOWのヴォーカリストであるやっさんことグラハム・ボネットが結成したALCATRAZZに加入したのである。ALCATRAZZに加入した理由がまた奮っていて、「グラハムは曲が書けないから、俺が好きな曲を書いて、好きなように演奏できると思った」という、まさに怖いものしらずの傲岸不遜なイングヴェイ節が炸裂したわけである。
 ALCATRAZZ「荒城の月~Something Else」Live

※ALCATRAZZ来日公演から変り種カヴァー2連発。イングヴェイ=速弾きという先入観をぶち壊す、情感溢れる「荒城の月」と、R&Rのスタンダードナンバー。それにしてもグラハムのピンクのジャケットはますます上方の天才お笑い芸人を想起させる。

 ALCATRAZZの活動でLAのローカル活動から、ワールドワイドな活躍に転じ、全世界で超新星ギタリスト“イングヴェイ・マルムスティーン”の名が轟いたのだが、その後、結局更なる自分の独裁体制での活動を求め、ALCATRAZZを脱退しソロ活動を展開する。後に「俺は才能があってルックスも悪くなく金持ちだ」という我々が求めるキャラクターどおりの発言をするサービス精神旺盛なイングヴェイであるが、ソロアルバム3作目「TRILOGY」を発表した頃が、ルックス・演奏ともに最高に充実していた時期であっただろう。アグレッシヴさと繊細さを兼ね備えた演奏にはますます磨きがかかり、ファッションもデビュー当時のリッチー・ブラックモアのコスプレから脱却して、イングヴェイのキャラクターが固まりつつあった。しかし、そういうときにこそ落とし穴はあるもので、1987年のある日、愛車のジャガー(うるさがたは「ジャギュア」或いは「ジャグヮ」と表記すべきという方もいるだろうが、積極的に無視する)を運転中、ステアリング操作を誤り街路樹に激突。8日間もの間昏睡状態に陥り、目覚めた後もしばらく右手が麻痺していたという。イングヴェイの演奏の肝は、その右手のピッキングのニュアンスに負うものは大きく、その右手が麻痺してしまったというのは非常に大きなハンデであったといえる。自身の懸命のリハビリによって、凡百のギタリストを上回るまでに回復はしたが、やはり全盛期の完全無欠なものと較べると…といった感じだろうか。それに呼応するかのように、イングヴェイの音作りはより歪みが深くかかったものとなり、繊細さよりもアグレッシヴさのほうに重点を置くようになった。尚、イングヴェイも田淵氏同様、事故当時の記憶を失くしており、自動車の運転に関しても特にトラウマなどはなく、現在でも愛車のフェラーリを乗り回している。
 YNGWIE J.MALMSTEEN'S RISING FORCE「As Above, So Below」LIVE

※事故前の凄まじい演奏。荒々しさと繊細さが完全に同居している。

  YNGWIE J.MALMSTEEN'S RISING FORCE「Liar」Live

※事故から復帰直後の88年のレニングラードでのライヴ。事故前に較べてギターの音の歪が大きく、リヴァーブが深くかかっているのがわかる。西側のハードロックバンドが初めてソ連で行なったコンサートである。

 事故後には上記のように演奏スタイルや音作りを変えた(変えざるを得なかった)イングヴェイだが、もう一つ劇的に変わったものがある。それは彼の体型である。どちらかと言うと元々痩せ型というよりは中肉といった感じのイングヴェイだったが、それが却って中性的な印象を与えていた。しかし、彼の体型はどんどん太ってきてしまい、90年代のメタルシーンに於いては『デブ=イングヴェイ』という図式が出来上がった。イングヴェイよりも太っているメタルミュージシャンは結構いると思うが、イングヴェイの肥満化は特別な一つの事件のような捉えられ方を以ってメタルファンに大きな印象を与えた。肥満に関してはMOTLEY CRUEのヴィンス・ニールもやはり元々は美形ロッカーの典型のような扱いだった為、その肥満化に関してやいのやいの言われていたが、それでもイングヴェイほどネタにはされていなかった。それだけイングヴェイのキャラが濃いという事であろう。やんちゃ振りで言えばヴィンスもイングヴェイに負けず劣らずどころか、イングヴェイのように自動車事故を起こしたときに同乗していたHANOI ROCKSのラズルを死なせてしまうなど、その無軌道ぶりはイングヴェイを上回ってるとさえ言える。その男前っぷりも、かつて世界的なスーパーモデルの代表格的存在であったシンディ・クロフォードをして「ショウビジネス界に身を投じたのは、ヴィンス・ニールに会いたかったから」と言わしめるほどであり、知名度や成功の度合いで言ってもイングヴェイを遥かに凌駕する存在であるし、一時期はイングヴェイよりも太っていたのではないかと思えるほどの肥満体だったのだが、デブキャラとして愛されたのはイングヴェイの方だった。イングヴェイは同業者などに対しては口も悪いし我儘だが、どこか愛嬌があって、ファンを大切にするサービス精神があり、何より非常に音楽に対する姿勢が誠実な為、マニアックな人間が多いメタル界隈では、より好意を以って受け入れられる存在なのであろう。そして、欠点である口の悪さも、ファンからすれば「次はどんな迷言・暴言を吐いてくれるのか?」と期待されているフシさえある。某メタル専門誌のインタヴューに於ける「俺の先祖は貴族なんだ。正確には伯爵だ」という発言が日本中のメタラーの心を鷲掴みにし、その体型と性格の悪さも相俟って、親しみを込めて「豚貴族」などと呼ばれるようになったのもその現れであろう。後々になって、『ガイアが俺にもっと輝けと囁いている』というキャッチコピーで有名なお兄系ファッション雑誌「メンズナックル」に於いてもこのフレーズがパロディ化されるなど、その影響力は絶大であった。
 YNGWIE MALMSTEEN「Purple Haze」Live

※太り始めた頃のイングヴェイがフェンダーのイベントで演奏している様子。イベント参加のためか、アンプがヴィンテージの改造1987でなく、JCM(多分800)を使用している。

 YNGWIE MALMSTEEN「Red House」Live

※“完全体”となり、名実共にデブキャラの地位を確立した頃のイングヴェイ。ブルーズ的顔芸に深みが出たのも太ったおかげか?

 田淵氏とイングヴェイの共通点は幾つかある。その1つに「家柄が良い」というのが挙げられる。田淵氏は非常に裕福な家庭の出身で、いわゆる「おぼっちゃん」だったという。母親には成人してからも「ぼくちゃん」と呼ばれており、本人も素直で礼儀正しく、上品な振る舞いをしていたそうだ。生まれてから大学卒業まで東京の自宅で育ったため、阪神に入団して大阪に移住する際、見送りに来た母親が新幹線のホームでまるで今生の別れかというような勢いで号泣し、取材に来た記者連中が「まるで戦時中の出征の見送りのようだ」と話題になった。当時の野球選手としては珍しいそういった育ちの良さが窺える貴公子然とした佇まいが人気だったのかもしれない。ブルジョワで阪神のスラッガーとは、まるで劇画の「巨人の星」の花形満のようだが、田淵も作中に登場しており(勿論痩せている)、かの有名な大リーグボール2号・消える魔球を花形が攻略する際、重要な役割を果たすさまが描かれている。
 イングヴェイも前述のように、先祖は貴族、正確には伯爵の家系であり、スウェーデンの首都ストックホルムにて生まれ育つ。しかし、幼少の頃に両親は離婚し、母親に引き取られている。それでもクラシック演奏家の母親は特に金銭面で困窮していたということはなかったようで、姉もクラシックの演奏家となるなど音楽的な環境には恵まれていたようだ。伯父はミュージシャンではなかったものの、フィリップス社の技術者で、CDの開発者の一人であるという。イングヴェイ少年に「これが未来のレコードだよ」と言って、まだ世に出回る前のCDを見せたこともあったそうだ。父親は外交官であり、イングヴェイと別れてからも関係は悪くなかったようで、88年に当時西側と国交が断絶していた共産主義国のソ連でコンサートツアーを実現させた陰には、父親が外交官として働きかけたことがあったという。田淵氏と異なるのは、イングヴェイは思春期にグレてしまい、地下室に引き篭もってギターを弾き続けるか、たまに外に出たと思ったら万引きや喧嘩などをしていたという。当時のスウェーデンのロックシーンでも彼の悪名は轟いており、同郷のEUROPEのメンバーなどの証言によると、「奴は本当にイカレていて、学校の校舎の中をバイクで走り回っていたって、別の町に住んでいた俺たちの間でも有名だった」などという、まるでスクールウォーズのオープニングみたいなことを実際にやっていたという。茨城ヤンキー全盛期の頃の我々の時代にだって、精々、卒業生が中学校にバイクで乗り付けて、校庭を走り回っていた程度であり、さすがに校舎の中をバイクで疾走するなどということはなかった。
 そして2人の最大の共通点は、生命の危機的状態にまで陥った事故の後に、肥満体になったことである。両者とも頭部に強い打撃を受ける負傷であったというのも同じである。田淵氏は運動量の多いスポーツ選手という職業であるが、その中でもかなり痩身であったにも拘らず、急激に肥満になってしまったという。勿論、野球選手の中でも太っている選手は珍しくないが、そういった選手は往々にして入団当時からそれなりに(あるいは完全に)太っているものである。また、田淵氏が務めた捕手(西武に移籍してからは一塁手になったが)というポジションは、漫画のドカベンなどの影響で太っている奴がやるもんだというイメージがあるが、投手の球を受けたらそのたびに立ち上がって返球をするのは勿論、内野ゴロを打たれるたびに暴投に備えて、一塁手の後方のバックアップの為に打者走者の後ろについて移動するなど、野手の中では非常に運動量の多いポジションでもある。元々太っていたり、がっちりした体躯の人間ならまだしも、特に食べる量が増えたというわけでもない田淵氏が新陳代謝が活発な20代半ばにして肥満傾向になってしまったのは、死球事故によって内分泌系に異常を起こし、脂肪を溜め込む体質になってしまったせいではないかと言われている。
 そうすると、散々高速の豚野郎などと誹謗中傷されているイングヴェイも、その肥満は本人が怠惰な生活を送ったせいではなく、自動車事故の後遺症なのではないかという憶測をしてもあながち的外れとは言えまい。イングヴェイ自身の食生活は基本的に肉食ではあるものの、脂身は食べず、赤身しか食べない。来日公演の際、プロモーターの接待で和牛ステーキの店などに招待されても、必ずウェルダンで焼いて、脂身を徹底的に落とす。しゃぶしゃぶの店に招待されても、脂身を切り離して食べるという。決して健康のために脂肪を控えているわけではなく、単に本人が脂身が嫌いだという好き嫌いの問題だそうだ。自宅にいるときは庭にあるテニスコートでテニスをするのが日課であり、決して運動不足でもないようだ。ステージアクション等をみても、肥満体とは思えないような俊敏な動きでステージ狭しと駆け巡り、2時間ものステージをこなす時の運動量は尋常じゃないものであると思われる。
YNGWIE MALMSTEEN「Heaven Tonight」Live

※このライヴの本編の最後の曲だが、疲れた様子もなくステージの端から端までせわしなくコロコロと駆け回るイングヴェイ。前蹴りやピック投げ、ギターを投げ上げたりぶん回したり、やたらに動く。それにしても、今やワンマンでの来日ツアーもしばらくないイングヴェイが武道館をほぼ満杯にしていた時代もあったのだと、改めて懐かしく思う。

 ただ、飲酒量はかなり多い。特にビールが好きなようで、レーベンブロイに捧げた「Overture 1383」という曲まで作っている(レーベンブロイのビールが初めて作られたのが1383年)。作ったといっても、まるっきりのオリジナルではなく「グリーンスリーヴス」をアレンジしたものではあるが。アメリカに定住してからはバドワイザー、来日したときはスーパードライと、現在は割と飲み口の軽いものを好んでいるようだ。ビール自体は他の高アルコール飲料より同量あたりのカロリーは少ないものの、どうしても飲む量が多くなってしまう為、結果的に高カロリーになってしまう傾向にある。イングヴェイは普段からビールを飲んでいる上に、ライヴの際も必ずと言っていいほどビールを飲んだ状態でステージに上るし、ライヴ中も曲間に(或いは曲中に於いても)ビールを飲む姿がしばしば見受けられる。頭部を強打したことによる分泌系の異常で脂肪を溜め込みやすい体質になった上に、大量のビールの消費がこの体型を作ってしまったのではないだろうか。某誌のインタヴューで某ミュージシャンが「イングヴェイが太ったのはヘロインのせいだよ」と発言したこともあったが、これはイマイチ真偽がよくわからない。確かにジャズ界の伝説的サックス奏者であるジョン・コルトレーンなどは、ヘロイン乱用による体力の消耗をカバーする為に過食に走って肥満したということがあった。しかし、ニッキー・シックスなどは自著「ヘロイン・ダイアリーズ」に於いて、「ヘロインを打つと、何もしたくなくなって、飯を食うのも忘れてしまって、痩せこけてしまう。そうすると他人にヘロインをやってることがばれてしまうので厄介だ」というようなことを記している。イングヴェイ自身もドラッグにまったく手を出さなかったわけではなさそうではあるが、そういった薬物、特に依存性が滅法強いヘロインに手を出しておきながら、現在までその依存症の治療を行なったということは聞いた事もないので、恐らくデマの類であるとは思う。
 
 田淵氏とイングヴェイ。デビュー時はイケメンプレイヤーとして名を馳せ、事故で死線を彷徨い、復帰後にデブキャラとなりながらも、田淵氏はホームラン王、イングヴェイはチャート1位を獲得するなど、精力的な活動と相俟ってより高い人気を得た2人だが、近年は、2008年の北京オリンピックで不甲斐ない成績に終わった日本代表のコーチスタッフとして、「星野・田淵・山本の同期首脳陣による馴れ合い体質」を指摘されたことにより批判の矢面に立たされ、2011年より東北楽天のコーチとなるも結局5位という成績に終わった田淵氏と、低音質のやっつけ仕事的なアルバムを連発してファン離れが著しいイングヴェイと、2人とも低迷していると言わざるを得ない状況である。おれもここ数作のイングヴェイのアルバムは買っていない。しかし、初期のイングヴェイのアルバムは今でもよく聴くし、「がんばれ!!タブチくん!」は今読んでも面白い。いしいひさいち先生は本当に天才だと改めて思う今日この頃である。

 田淵幸一「ホームランアーティスト」

※田淵氏がどれだけ偉大な選手だったかが手っ取り早くわかる映像。がんばれタブチくんの「タブチさんってホームラン王取ったことあったか?」「あれ、そういえばあったような…」「あったあった!1回あっただろう」「そうそうあれは…」『王選手がケガした年だ!』というネタを見た後だと非常に感慨深い。

 …散々他人をデブデブ書いてきたが、かく言うおれも腰椎ヘルニアを患って以降、随分太ってしまった……。最近は緩やかーに痩せてきてはいるが、20代のあの細かった頃とは較べるべくもない。嗚呼……

ロックムービークロニクル

 7月の末頃だったろうか、たまたま深夜のテレビで「シネマ通信」を見ていたら、革ジャンを着たパンクファッションの色白で赤毛長髪の恰幅のいい影山ヒロノブみたいなオッサンともお兄さんともつかない男性が、ニコニコと愛想を振りまきながら映画の解説をしていたのを見た。誰かなと思っていたら、映画に詳しいヴィジュアルデザイナーの高橋ヨシキ氏だった。驚愕。いや、何年も高橋氏のご尊顔を拝する機会がなかったのだが、こんな人のいいパンク兄ちゃんみたいな風貌で愛想良くしているのを見て、以前見た氏とあまりにも様相が違っていてビックリしたのである。

 初めて氏を見たのは、CSで放送されていた「侵略放送パンドレッタ」でホラー映画の解説をしていたときであった。その頃の風貌はそこら辺にあるテキトーな服を着て、黒の長髪に小太り、まるで長州小力がサングラスをかけているような感じであった。随分前のことなので、その風貌の記憶がおぼろげになってしまっているが、確かそんな印象だった。パンドレッタは全て録画してDVD-Rに保存していたのだが、大地震で全て棚から落ち、その上にまた物が落ちてきたため、全て割れてしまった。よって、再確認できないのが残念である。氏は出演中、愛想なんてものを振りまくことはまったくなく、この世の全てを憎んでいるかのような態度で進行し、ダークなオーラがにじみ出ていた。冒頭の自己紹介で「こ、こ、子供も殴れば、女も犯す鬼畜」というようなことも言っていたのだが、ちょっと噛みながら言っていたのが印象に残っている。雑誌「映画秘宝」のホラー映画や「サウスパーク」に関する文章などで氏の存在は知っていたのだが、ある意味予想通りなキャラであった。

 一度実際に氏を見たことがある。2004年頃だったろうか。その日は何故か宛もなく電車に乗り、東京に行った。巣鴨で降りて「久しぶりに大沢食堂にでも行くか」と白山通りをてくてく歩いていたら、いつの間にか本郷の方まで行ってしまうというわけのわからないことになっていた。この日は夏の最中で暑かった。1人でいるのもなんなので友人を呼び出そうと電話をしたら「軽い熱中症になった。とても動く気にならん」と言われた。それほどまでに暑かったのだ。もと来た道を戻り、途中横路を入って大沢食堂を発見した。ゴッドハンド・マス大山総裁の愛弟子であるご主人が切り盛りしているこの食堂、以前行った頃は青果市場の方にあったのだが、東洋大学の近くに移転していたのである。一応それは知っていたのだが、おおよその見当で歩いていたら、見事に道を間違えてしまいエライ遠回りをしてしまったというわけだ。このとき初めて見る移転後の新店舗だったが、「カレーライス」と書いてある赤い幟は立っていたものの、店の入り口に暖簾が出ていなかった。旧店舗では夕方6時~深夜2時までの営業だったのが、移転してからは昼間もやっていると聞いていたので、5時ごろに行っても開いているだろうと高を括っていたのだが、見事にあてが外れ、夕方の営業は以前と同じく6時からだったようだ。このクソ暑い中1時間も待つのは嫌だったので、冷房の効いた電車に飛び乗り、新宿に向かった。西新宿でCD漁りをして、その後歌舞伎町のロフトプラスワンで何かイベントがやっていたらそこに潜り込もうと思ったのである。

 西新宿のレコード店を冷やかした後、そのまま大ガードをくぐって歌舞伎町に向かう。まだこの頃はコマ劇場が営業していた。そのコマ劇の向いの雑居ビルの地下にロフトプラスワンがあるのだが、ビルの入口のところにその日の演目が書き出されており、そこには『ロックムービー暗黒星』と書かれていた。ロック映画のイベント…これはドンピシャでおれ好みのイベントではなかろうか。ちょうど開場時間を少し回った頃だったので、これ幸いと階段を降りて行った。店内に入ると、客がおれ1人だった。たまたまこれまでは客が入るような企画に行っていただけのことなのだろうが、この状態は初めてだったので、些か動揺した。一応、ステージ正面のやや後方に陣取り、飲食物を注文して開演を待つことにした。開演までにポツポツと人が入って来たが、空席がかなり目立つ。そしてイベントが始まって、メインの出演者である音楽ライターの山崎智之氏が現れた。この人はある時期までBURRN!や炎でも毎月執筆していたフリーライターだったので名前は知っていたが、本人を見るのは初めてだった。スポーツ刈のような短く刈り込まれたヘアスタイルの音楽ライターらしからぬこざっぱりとした風貌で、短髪の頃の漫画家:萩原一至(BASTARD!の作者)にちょっと似ているなと思った。音楽ライターだの評論家だのは、伊藤セーソク氏他のメタル関係の方々のような小ぎたな、じゃない、ラフな長髪の方や、渋谷陽一氏のような「一体どこの国の人なんだ?」と疑問に思うような濃ゆい顔立ちの方だったりと、やたらアクの強いルックスの人ばかりの印象が強かったので、このような普通な感じの方だったのは意外に思えた。書いてる文章がかなり強烈で、インタヴューでオジー・オズボーンを怒らせたりした実績のある方だったので、余計にそう思えたのかもしれない。この方は帰国子女で、少年時代をイギリスで過ごしており、日本に帰って来た十代の頃、BURRN!の「ゲイリー・ムーア訳詞コンテスト」に応募して最優秀賞を獲得するほどのゲイリーファンで、ライターになってからも基本的に通訳ナシでインタビューするほど英語に堪能な方だが、ジャパネットの高田社長よろしく「CD」を「シーデー」と発音することがやたら印象深かった。その山崎氏の横にいたのが高橋ヨシキ氏だったのだが、氏の風貌は以前テレビで見たときのものとは違っていた。金髪の長髪で痩せており、目の下には隈ができていて、以前にも増して漆黒のオーラを纏っていたのである。

 イベントは「ロックに関係のある映画について、いろいろ語っちゃおう」という至極単純なもので、出演者が作った解説用の映像を観ながら、その作品について語るという構成である。しかし、これは事前の打ち合わせ等がかなり足りなかったのは明白で、進行がgdgdで非常にテンポが悪く、また出演者も準備不足は明らかでそれぞれの解説もイマイチわかりづらく、なかなか観ていて辛いものだった。途中で退席する観客もチラホラいて、ステージの上で山崎氏が「ああっ、帰っちゃうんですかあ?」と悲しげに言っていた声が今でも脳裏にこびりついている。それにしても、サミュエル・ホイの映画を持ち出して無理矢理ロックだと言われても、さすがに困るわけで…
 その中でもさすがに山崎氏は主催者だけあって、非常に興味深い内容を披露していた。アメリカのマッチョ・メタル・シンガー、ジョン・マイクル・ソアー主演の「エッジ・オブ・ヘル~地獄のヘビメタ」の脱力っぷりや、ジム・キャリー主演の「エース・ベンチュラ」にデスメタルの大御所CANNIBAL CORPSEが出演した経緯、日本では無視されているがアメリカではカントリーがロック以上に売れていて、しかもキリスト教原理主義みたいな内容の歌が何百万枚も売れていることなどを、カントリーミュージシャンのまるで東南アジアで作られたようなもっさいPVを上映して解説するなど、非常に好奇心をそそられるものもあった。
ジョン・マイクル・ソアー主演「エッジ・オブ・ヘル~地獄のヘビメタ」

※観ておわかりのとおりの、B級などという生半可な形容を遥かに超える凄まじい作品。山崎氏曰く「爆音のヘヴィ・メタル、悪魔、筋肉、巨乳ギャルという素晴しい要素が全て揃っている。これで内容が面白ければ最高なんだが」
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Jon Mikl Thor

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ジム・キャリー主演「エース・ベンチュラ」CANNIBAL CORPSE出演シーン

※すっごく楽しそうなライヴ会場!おれも混ざりたい。演奏曲は「Hammer Smashed Face」と来たもんだ。最高すぐる。
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(2005/02/16)
カンニバル・コープス

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 このgdgdなイベントに於いて一番印象に残ったのは、高橋氏が作成したミュージカル映画「ジーザス・クライスト・スーパースター」と、キリスト受難を描いたメル・ギブソン主演映画「パッション」を合成した、所謂MADビデオだ。能天気に流れる「ジーザス・クライスト・スーパースター」のテーマ曲「Superstar」や「King Herod」に乗せて、凄まじい拷問を受けて血まみれのメル・ギブソン演じるイエス。拷問の合間に挿入される肥え太ったジーザス・クライスト・スーパースターのヘロデ王とのコントラストがまた強烈であった。この完成度たるや見事なもので、誰が見ても素晴しいと思うが、キリスト教系の学校に通っていたおれなどは余計に凄いと感じた。敬虔なクリスチャンの人が観るとどうなるのか非常に興味深いが、残念ながらこの映像はこのイベントのみでの公開で現在は見られない。是非ともようつべなどにアップしていただきたい映像作品である。
映画「ジーザス・クライスト・スーパースター」より「King Herod」

※この能天気な音楽に乗せ、ただれきったヘロデ王の姿がキリストの受難に重なると、そりゃあもうえらい事になっていた。
ジーザス・クライスト=スーパースター 【ベスト・ライブラリー 1500円:ミュージカル&音楽映画特集】 [DVD]ジーザス・クライスト=スーパースター 【ベスト・ライブラリー 1500円:ミュージカル&音楽映画特集】 [DVD]
(2011/04/06)
グレン・カーター、ジェローム・プラドン 他

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メル・ギブソン主演「パッション」拷問シーン(刺激が強いと思われるので閲覧注意)

※これに「ジーザス・クライスト・スーパースター」の能天気な音楽が重なっていたわけである。メル・ギブソンのユダヤ嫌いはガチなため、アニメ「サウスパーク」ではカートマンに崇拝されている。
パッション [DVD]パッション [DVD]
(2004/12/23)
ジム・カヴィーゼル、モニカ・ベルッチ 他

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 このような「当たり」はあったものの、イベント全体のgdgd感は如何ともし難く、途中退席する客が続出した。おれもあまりにもこのいなたい雰囲気に耐えることは厳しく、過剰にアルコールを投入することで何とか精神の均衡を保っていた。するとイベントの終盤、ステージの方に呼ばれる始末。一番乗り(したくてしたわけじゃない)だったのを見ていたらしく、「最初から来てたんでしょ、こっち来てよ」といった感じで、ステージ上の掘りごたつに座る羽目になった。高橋氏の隣だった。彼の腕にはカッターなどでつけたであろう、様々な紋様の傷が無数にあったのだが、当時は何故か周りにリストカット常習のメンヘラ女子が複数いた時期だったので、特に動揺することもなかった。どちらかというと、氏のは刺青のかわりに刻み込んでいる感じで、メンヘラのそれとは違って、キチンとデザインされている傷であった。何故このイベントに来たのかなどを訊かれたので、たまたま来たらやっていたので入ってみた旨を答えた。一応、山崎氏監修のムック「ダークサイド・オブ・ザ・ロック」を所有してたので、その本が非常に楽しめたことを話したら、山崎氏も喜び、この重い会場の雰囲気がやや軽くなった感じがした。高橋氏が「その表紙のマンソンの絵、俺が描いたんだよ」と無表情で話しかけて来た。勿論、氏が描いたことは知っていたのだが、「ああ、知ってます」ではそこで流れが切れてしまうと思い、せっかくなので「そうだったんですか。それはビックリ」みたいな感じで驚いてみせた。「しばらくしたら改訂版が出るよ。その表紙も俺が描くよ」みたいなことをボソッという高橋氏の暗黒オーラに当てられ、否が応にも酔いが回る。会場のアレな雰囲気に耐えかねた山崎氏がLED ZEPPELINの「Rock And Roll」を歌いだし、何故かおれがエアギターをしながら口でギターの伴奏をするなど、ただの酔払いが駄弁っている空間と化したのであった。おれと同じくステージに呼ばれた女の子が苦笑いをしていたのだが、何故か山崎氏とおれでCONCERTO MOON(技巧派ギタリスト島紀史さん率いるメタルバンド。滅茶苦茶巧いが、BURRN!の広瀬編集長の過剰なゴリ押しと衣装のフリル付きブラウスが恰好のネタの材料となった)について腐すような話になったところ、その女の子の「あたし、そのバンドのギターの人と知合いですよ」という一言で、その話題に関しても撤退せざるを得ないハメとなった。そしてエンディングには何の脈絡もなく山崎氏が持参した洋物ハードコアポルノビデオが流されたのだが、よりにもよって無修正のホモビデオだったという最悪の結末で以ってこのイベントは終了したのである。
darksideoftherock12.jpg
※ダーク・サイド・オブ・ザ・ロック1と2。どちらも高橋氏が表紙を描いている。このセンスの良さ、作風の幅の広さは凄い。
※↓これの改訂版
ダークサイド・オブ・ロックダークサイド・オブ・ロック
(2005/09)
山崎 智之、川嶋 未来 他

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ダークサイド・オブ・ロック (2) (洋泉社MOOK―ムックy)ダークサイド・オブ・ロック (2) (洋泉社MOOK―ムックy)
(2006/07)
不明

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 終演後、山崎氏に「今日のイベントは僕が監修した『ロックムービー・クロニクル』って本の発売記念でやったんだけど、持ってるかな?」と訊かれ、「すみません。まだ持っていないんです」と正直に話したところ、「じゃあ持ってきてるんで、1冊あげるよ」と言われ「サインも書いとくね」と表紙裏にサインを入れて、本をおれに手渡した。このサインがこれである。
yamazakiautograph.jpg
 そして帰り際にどうしても山崎氏に聞きたいことがあったので、酔った勢いで訊ねてみた。「広瀬さんのことは嫌いですか?」酷い質問だ。おれ自身がまったく面識もない他人の印象を訊くのに「好きですか」と訊くならともかくも、「嫌いですか」は幾らなんでも失礼だろう。酒は本当に人を狂わせる恐ろしい物質である。このような非礼極まりない問いに対し、山崎氏は悪びれることもなくスパっと答えてくれたのだが、好き嫌いはともかく、その理由に関してとてもここでは書けないような素晴しいお答えをいただき満足した。ステージに呼ばれた子も「山崎さん、BURRN!に書くのをやめて正解ですよ」と、山崎氏の労をねぎらっていた。以上の出来事は何しろかなり酔っ払っていたときのことなので、正確な事実かどうかは保証しかねる。山崎氏のサインがあることから、イベントに参加し、本をいただいたことは間違いないのだが。

 山崎氏からいただいたサイン入りの「ロックムービー・クロニクル」は内容が濃く、非常に読み応えがあり、様々なロック映画を選ぶ上で大いに参考になった。何でこんないい本を作ったのに、あんなイベントになってしまったんだろうと今でも思う。それにしても、以前CSで見た高橋氏と、イベントでおれの横にいた高橋氏と、最近テレビやWEBで見る高橋氏は本当に同一人物なのか?未だにどこか信じられない自分がいるのであった。
ロック・ムービー・クロニクル (CDジャーナルムック)ロック・ムービー・クロニクル (CDジャーナルムック)
(2004/06/01)
山崎 智之

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21年前のデイヴ・ムステイン 後編

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(前回からの続き)アダルトチルドレンの典型だったデイヴ・ムステイン。憎むべき父親のアルコール中毒の素養を受け継ぎ、それが元でMETALLICAを脱退する羽目となったり(在籍当時のベーシスト、ロン・マクガウニーのベースに酒を流し込み、彼を感電させたことが解雇の決め手だったという)、そのほか酒にまつわる様々な悪行を重ね、更にドラッグ中毒にもなり、スラッシュシーンの悪童として名を轟かせていたムステインが、この時期にポジティヴな方面に進もうと努力し始めていた。そして、母親とは彼女の宗教観故に離別したわけだが、ムステインにはまだ他にも家族がいたのである。
「オフクロと姉貴達、それに俺は、ジプシーみたいによく引っ越して歩いたよ。小学校から高校までの間に、20回は学校を変った。だから俺、相手がどんな人間化を見抜くのは得意だぜ。(中略)中でも、特に女の子を見る目は得に優秀なんだ(笑)。何しろ姉貴が3人もいたから、女の子については充分勉強させてもらったしね。俺が女性に対してロマンティックな気持ちを、そういうことと関係があるし、多くの男達の女性に対する態度に抵抗を感じるのも、そのせいだと思う
 ムステインには3人の姉がいたのである。姉達との交流に於いて女性観を育んだとのことで、「女性に対してはロマンティストだ」と言ってみせたわけだが、姉達との仲はというと・・・
「姉貴はオフクロと同じで宗教への信仰心が強く、昔は勿論のこと、今でも俺のことを反キリスト的だと思っているから、その辺での食い違いはあるけど、ま、この頃は以前よりわかり合える部分が多いね」
 姉も母親同様信仰心の強い人間で、ムステインを異端視していたようだ。しかし、ムステインが己の人間性をポジティヴな方向にシフトしようとしていたことで、姉達とのわだかまりは弱まっていっていると認識していたようだ。ムステインの“当時の”宗教観は以下のような感じだ。
「彼ら(信者一般)が世間を見る目ってのは、キリストを信じていなければ罪人、悪人・・・というような狭いもので、すべての物事を“正/不正”“善/悪”というように割り切ろうとする」
 その一方、運命論を信じているという側面もある。
「俺は、運命とか幸運とかいったものを信じてる。この変化は神が望んだからこそ起こった」
 それは宗教的ではないかという質問に対しての答えは・・・
「宗教的なんじゃなくて、スピリチュアルなのさ」
 神のようなものの形而上学的な存在は認めてはいるが、体系化された宗教に懐疑的であるというスタンスを取っているようだ。一番身近に存在しているキリスト教を批判しているが、価値観を限定的にし、そこから逸脱するものを思考停止的に否定することを是とする宗教を嫌っているように読める。
 当時はこのように考えていたムステインだが、現在のムステインの姿から最もかけ離れているのがこの点であろう。現在のムステインは割と敬虔なクリスチャンなのである。2005年にはその宗教的な価値観の下に、MEGADETHがヘッドライナーを務めるイスラエルのロックフェスで、すでに出演が決定していた北欧のブラック・メタル・バンドDISSECTIONを「サタニストと共演したくない」と言って、DISSECTIONの出演を取りやめさせたことがあった。クリスチャンになったとはいえ、そこまで保守的になっていることに当時はビックリしたものだ。ちなみに、DISSECTIONのリーダーのジョン・ノトヴェイトはマジモンのサタニストで、2006年にたくさんの蝋燭でかたどった魔方陣を作り、その中央で拳銃自殺をするという最期を遂げている。そのことでANTHRAXのダン・リルカにこっぴどく批判されたのだが、リルカとは和解して現在一緒のプロジェクトをやってたりするのである。なんだかな。
 結局ムステインは父親の酒癖と母親の信仰心を結局両方とも受け継いでしまっていたというわけだ。アルコール中毒やドラッグ中毒は今のところ克服しているように見える。一時期は「タレに酒(味醂)が入っているから食べない」と来日した時に出された焼き鳥に手をつけないなど、徹底したアルコール中毒克服の努力を続けていた効果が出ているようである。ドラッグに関しても、この問題でチケットがほぼ完売していた武道館公演がキャンセルされる(MEGADETHは今に至るまで日本武道館でのライヴは実現されていない)など、その活動に実に暗い影を落としていたが、現在は実にクリーンになっているようだ。家庭人としては家庭内暴力のような騒動は起していないが、クリスチャンの癖に何度か離婚騒動は起こしている(クリスチャンの離婚は基本的に御法度)。現在はムステイン夫婦は元の鞘に収まっており、MEGADETHのオフィシャルのフォーラムでは、思春期で気難しくなっている息子のジャスティスくんと必死にコミュニケーションを取ろうとしている姿も見られ、彼が少年期に体験したようなことを現在の家庭では起こすまいと努力しているようだ。
 21年前のムステインの姿を振り返ったうえで現在の彼を見てみると、当時忌み嫌っていたはずの宗教への帰依などはあったものの、酒・クスリの問題を克服し、家庭を支える父親となり、METALLICAやSLAYERとの関係も修復し、一度はバンドを解散させたものの、コンスタントに音楽活動を続けている。21年前に持っていた彼の根底にある信念は揺るがずにいられたのであろうか・・・
「自分は誰かよりベターだとか、誰かより優れていることなんてことには意味がないんだ。肝心なのは、自分が愛するに足る人間かどうかということさ。俺は今、カネを持っているし、いいクルマも持っている。でも、そういうものが俺という人間をより魅力的にするとは思えない。中には、俺がカネを持っているから、クルマを持っているからという理由で近寄ってくる人間もいるだろうが、そういう奴らはモノに惹かれているのであって、俺という人間に惹かれているわけじゃない。俺は、もしも今、カネやクルマを失い、すべてを失くし、食うや食わずのの生活を強いられるようなことになろうと、きっと惨めだと思いはしないだろう。自分が、人間らしい人間、いい人間であろうと努力し、そうなりつつあることを知っているからね」

 残りは、音楽についての発言に何点か触れることにする。

クリフ・バートンについて
「1980年代だってのに、ベルボトムを平気で履いている大胆さには恐れ入ったな。LYNARD SKYNYRDと
RUSHが好き、というのも参った。田舎モンとカナダ人が好きだなんて、一体どうなってるんだ?(皮肉っぽい言い方だが、クリフへの愛情がこもっているような気がした)」

田舎モンとカナダ人というのがアメリカ人にとってどういう意味を持っているのかはよくわからないが、アニメの「サウス・パーク」ではこの2つがデフォルメされて描かれているので、ああいった感じなのか?と漠然と思う。

「In My Darkest Hour」はクリフの死にインスパイアされたものか?
「ある意味ではね。あいつが死んだ時・・・・・・・・・曲が完成したんだ。あの曲を聴いて自殺を思いとどまったっていうファンから、よく手紙が来るよ。この曲を聴き、他にも自分と同じような悩みや問題を抱え、愛に飢えている人がいるってことを知って、慰められる・・・・・・っていうか“俺1人じゃないんだ!”って気になって救われるんだろうな。あの歌詞は、俺自身の中から出てきたものさ」
日本盤のライナーノーツやwikiペディアなどでも、この曲はクリフ・バートンを悼んで書かれた曲とされているが、最初から彼のために作った曲というわけではなく、完成するの段階でクリフに捧げられたと解釈した方がさそうだ。
 MEGADETH 「In My Darkest Hour」(歌詞)


「Peace Sells」が国連ビルを見て作られたことに付いて
「国連ビルの向かい側にあるビルのレストランでね・・・・・・『あのビルは官僚主義に凝り固まった奴らのドライヴ・インみたいなもんだ』と思って書いたんだ」
 MEGADETH 「Peace Sells」PV

この曲に関しSEX PISTOLSの「Anarchy In The U.K」が引き合いに出されると「(Peace Sellsという曲を書くことで)ジョニー・ロットンなどただのPUKE(反吐)に過ぎず、俺のほうがPUNKであることを示したかったのさ。ま、パンクってことにかけちゃ、シドの方が上だったけど・・・・・・あいつはHEROというよりはZEROに近かった」
ピストルズに関する発言については、たまたまこのときインタビューアから名前が出されたので、即興でPUNKとPUKEや、ZEROとHEROといった言葉遊びを交えて答えたのだと思う。実際に「Peace Sells」がジョニー・ロットンに対抗する動機で作られたわけではあるまい。勿論、ロットンは非パンクのエンターテイナーであり、シド・ヴィシャスがパンクであると同時に虚無な存在だと思っているのは本心から出ているのだろうけども。このとき既に前作で「Anarchy In The U.K」をアメリカの検閲団体を皮肉る歌詞に変えてカヴァーしているし(しかもスティーヴ・ジョーンズがギタリストとして参加している)、後に「Problems」もカヴァーしていることも特記しておく。
 MEGADETH「Anarchy In The U.K」(PV)

ヒップホップについて
「ICE-T is happening(Ice-Tはいいセンいっている)」
まさかこの後すぐにICE-Tがメタル・バンドを結成するとは・・・
BODY COUNT(ICE-Tが結成したメタルバンド)「Cop Killer」Live

21年前のデイヴ・ムステイン 中編

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 (前回からの続き)前半生に於いて“人間らしさ”が欠落していたというムステインは、どのような家庭環境にいたのであろうか?
 インタビューを要約すると“幼少の頃に両親が離婚し母子家庭となったが、15歳の時に母親とも離別し天涯孤独となる。子供の頃に既に離別していた父親は、デイヴが17歳の頃に死亡”。ゴシップ週刊誌とかで安易に「○○さんが送った壮絶人生!」みたいな見出しをつけられるタイプのものである。個人的に「壮絶人生」とかにあまり関心がない方なので、そのあたりはまぁどうでもよいのだが、ムステインはそのあたりもキッチリと自分で客観視した上で分析しているので、薄っぺらな感じがしない。
 「俺の家族は家族としての機能に欠けていて、(中略)そうした機能に欠ける家庭からは、人間の機能に欠ける子供ができるものなんだよ。家庭が機能しなければしないほど、子供は恨み、憎しみ、苦々しい気持ちを抱き、アグレッシヴになり、他の人間に対しても色褪せた感情しか持てなくなる。それで自分だけの世界というのをつくり、自己のスピリットを守ろうとするのさ。過去の恨み、憎しみ、苦々しさに押し潰されて、自分のスピリットが死んでしまわないようにね」
 勿論、これはムステインの個人的な見解であり、母子家庭だろうがグレもせず、世間一般で言う「まともな人生」を歩んでいる人もたくさんいるだろうし、逆に、普通とあまり変らない家庭環境にありながらも、個人的な資質やそれ以外の要因でグレたり、引き篭もったりしてしまうケースもあるだろう。でも、やはり家庭環境が子供の人格形成に及ぼす影響が限りなく大きいのも事実であるし、デイヴは率直にそれが現在(当時)の自分を形成したものであると認め、それが社会全体(特に当時のアメリカ)に於いて決してレアケースではないということを訴えているのである。
 この頃、世に出ようとしていたNIRVANAのカート・コベインも幸せな幼少期を過ごしながらも、思春期に両親の離婚が元で内向的な性格となってしまってるし、EMINEMことマーシャル・マザーズも母子家庭のトレイラーハウス暮らしで周囲に迫害されていたことで、ラッパーの才能に目覚め、自分の中で別人格のスリム・シェイディなる幻想を作り上げて“自己のスピリッツ”を守っていた。一方、METALLICAのラーズ・ウルリッヒなどはデンマークの裕福な家庭に生まれ、学生時代にテニスプレイヤーとして鳴らし、テニスの為にアメリカに移住したのちに趣味のへヴィ・メタルのレコードコレクターであることが嵩じてミュージシャンとなった、という境遇ながら、高次元のレベル・ミュージックを作り上げていく例が存在したのも特筆しなければなるまい。ムステインと境遇が似ているのはMOTLEY CRUEのニッキー・シックスであろうか。ムステインにとってのラーズが、ニッキーにとってのヴィンス・ニール(幸せな家庭に育っている)、あるいはトミー・リー(裕福なギリシャ移民家庭)であると考えても、共通点は多い感じがする。そのあたりは、MOTLEY CRUEの自伝「THE DIRT」や、ニッキー・シックスの80年代の日記集「ヘロイン・ダイアリーズ」等を参照のこと。アクセル・ローズにとってのスラッシュ(エンタメ業界人の両親を持つイギリスからの移民)というのもあるが、キリがないのでこのあたりで。
 閑話休題。インタビューでは続いて母親と離別した要因についても触れられる。
「オフクロは信心深い人で、ある宗教に凝っていた。そして、俺のやっていたことがオフクロの信じていたものと相反する、相容れないということで、俺は見放されたわけさ」
 母親の宗教が元で離別したということだが、同時に母親が宗教にハマった事情に関しては一定の理解を示している。
「オヤジがどうしようもない奴だったから、そういうオヤジとの現実から自分を救うためには神が必要だったんだと思うよ」
 では、父親は実際にどのような人物だったのか?それを極めて明快に語っている。
「オヤジはアルコール中毒だった。そのために家でどういうことが起こったかは話す気はないけど、それで家庭はメチャクチャになり、俺にはオヤジのアル中が遺伝したってわけさ」
 日本では93年ごろから「アダルトチルドレン」という言葉が使われはじめた。日本ではしばしば「子供っぽく、大人になりきれないまま成人した人」であるかのような誤用が目立つこの言葉であるが、そもそもこの言葉は「アルコール依存症の親の元で育ち成人した人々(Adult Children of Alcoholics)」から派生し「子供の成育に悪影響を与える親のもとで育ち、成長してもなお精神的影響を受けつづける人々(Adult Children of Dysfunctional Family)」という意味の言葉となった。このインタビューでアダルトチルドレンという言葉は使われていないし、ムステイン自身は当時その言葉を知らなかったのだろうけども、まさにその言葉の正確な意味を踏襲して見せたのがこのインタビューなのである。読み返してゾクっときてしまった。(続く)

MEGADETH「Wake Up Dead」PV



21年前のデイヴ・ムステイン 前編

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 21年前に発売されたBURRN!誌1990年4月号のデイヴ・ムステインの巻頭インタビュー記事である。この当時のMEGADETHは3rdアルバム「SO FAR,SO GOOD...SO WHAT!」のレコーディングに参加したギタリストとドラマーが脱退し、デイヴ・ムステインとデイヴィッド・エレフソンしかメンバーがいなかった時期である。この危機的状況の中、サポートメンバーを起用してアリス・クーパーのヒット曲「No More Mr. Nice Guy」をレコーディングし、B級映画の「SHOCKER」のサントラに参加し(これはシングルカットされ、PVもMTVで流れていた)本格的な活動再開を窺っていた。このときのサポートドラマーがのちに正式加入することになるニック・メンツァなわけだが、この記事には特にニックのことは書かれてはいなかったので、まだ彼の正式加入前であることがわかる。
 記者が着ていた「SEA OF LOVE」という映画のシャツに反応したムステインの言動から、映画の話題からインタビューは始まるのだが、「最近のお気に入りの映画は?」と訊かれて「SHOCKERとか・・・・・・」と答えるムステイン。前出のとおり、サントラに参加した映画のことを言っているのだが、後に「俺がサントラで参加した映画って、みんなダメな作品ばかりでさ。楽曲提供の依頼の際に話を聞くとみんな面白そうなんだけど、実際に観てみるとねえ・・・」と発言していることを知っている身としては、ツッコミを入れたくなる答えである。ちなみにMEGADETHがサントラに参加した映画というと他に「スーパーマリオブラザーズ」「ビルとテッドの地獄旅行」「ラストアクションヒーロー」などが挙げられる。1部の好事家の間に限っては人気のある映画も含まれているが、どれも商業的に成功したとは言い難い作品ばかりである。しかし、この頃のムステインは「アンダーグラウンドヒーローから更に一段上の成功を掴みたい」という欲求が高まっていた時期だったと思う。憎っくきMETALLICAが大きな成功を既に収めていたこともあり、自分も商業的な成功を手に入れたいと明確に意識していたはずである。前作の「SO FAR~」もビルボードで20位台という、METALLICAの「MASTER OF PUPPETS」と遜色のないチャートアクションを見せ、最早一介のアングラメタルバンドではないという数字は叩きだしていたものの、METALLICAは88年にリリースした「...AND JUSTICE FOR ALL」でビルボード6位というもはやスラッシュメタルの範疇に留まらない域に達してしまっていたのを歯噛みしながら見ていたであろうムステインは、「もっと売れたい」という思いを募らせ、それが本人が思ってもいやしない(語弊を恐れずに言えば)恥も外聞もない「SHOCKER」という答えに結びついているのだろう。結局、映画もシングルもアメリカ市場ではそれほど奮わなかったが、映画はともかく、カバーの出来としては素晴しいものに仕上がっていることは間違いない。PVも映画のシーンを織り交ぜたなんてことないものだが、それとは別にムステインの子供時代を基にしたであろう小芝居も入っており、このインタビューを読んだ上で見ると、なんとも意義深く感じられる。
 MEGADETH「No More Mr.Nice Guy」PV

 
 サントラ用のシングルを出しただけの時期ということもあり、インタビューはこれ以降、音楽よりも彼の人間性を掘り下げる内容となっている。
 当時未婚であったムステインに対し「『これはあなたの子です』と名乗りを上げた子連れの女性はいなかったか?」という質問がなされ「こういう子がゴマンといてもおかしくないと思うけどね・・・。ヘッドバンギングしている女の子の片腕には赤ん坊が抱かれてて、その赤ん坊が俺の顔を見て“Dad! Dad!”なんていうのも悪くないよな」と答える。当然、数え切れないグルーピーに手を出していただろうし、かつては「バンドが売れるまでは、食うために自分より倍の体重もあるような女とも寝たものさ」とも懐述してたし、身に覚えが頭で覚えていないものまであるであろう彼であるが、続いて「こういうことが現実に起きたらどう思うのか?」と訊かれ「その赤ん坊の母親が美人かどうかによるね」とおどけてみせる。そして急に真顔になって「子供ってさ、みんな口に親指をくわえて生まれてくるものなんだよな。で、その指を口から取り出し、代わりに洞察力とか常識とかを与えるのは親の責任なんだ。なのに今の子供達は、そうしたものを与えられていない」ともらす。口云々はフロイトのいう口唇期を意識した物言いなのかどうかはわからないが、いちいち詩的で理知的な言い回しはインテレクチュアル・スラッシュ(知的なスラッシュメタル)の面目躍如と言ったところか。「今の子供達は~」というのも当然当時のアメリカの社会状況や、実際に触れ合っているであろうヘヴィ・メタル・キッズを意識しての言い分であろうが、まだ実際に子供を持っていない時期の彼の言うことであり、おそらくは「自分の子供の頃がそうであった」という事も言外に含まれているのだろう。
 更に続けて言う。(育児放棄する親たちに対し)そういう勝手な親達は学校に送り込み、“どうしたら一人前の人間になれるか”という勉強をさせるべきだ。そういう俺も今生まれて初めて“人間になるための努力”をしてるんだけどさ」
 “人間になるための努力”という言葉に対し記者は「それでは今まであなたはhuman beingではなかったのか?」と問いかけ、「No」(この場合は「そのとおり」という意味)と答えるムステイン。記者が日本語訳して文章化する際「人間ではなかったのか?」ではなく「human beingでなかったのか?」と表現したのは、日本語に「人でなし」という罵倒のための言葉があるためなのかどうかは不明であるが、“まだ自分は一人前の人間になっていない”という認識だとして、「なぜ人間になろうと努力し始めたのか?」という問いに対して以下のように答えた。
「俺は長いこと自己憐憫してたんだ。と同時に、自分はベストだ、いやベストでなければならない、と考えていた。でもある日、確かに自分はベストな人間の1人なのかもしれないけど、ベストなものとしてたった1人で頂点にいるわけではないことを認識した。で、1度それを認識すると、自己憐憫したり、自分は犠牲者だ、生け贄だなどと言うのは意味のないことだと思うようになった。自分が持ってないものについて嘆いたり、不平を言ったりするよりは、自分の持っているものを大切にしようという気になったってわけさ」
 ・・・正直一読しただけではよく意味がわからないが、以前のムステインは「俺はどうしようもない哀れな奴だ」と思うのと同時に「俺はスゲエ奴だ。そうでなきゃならないんだ」という二律背反の自己評価をしていたということであろう。徹底的に自分を低く評価すると同時に徹底的に自分を高く評価することで、人間としてのバランスを欠いていたと自己分析をし、そのバランスを取るためにもっと自分の足元を見つめていくことで「人間らしさ」を手に入れようとしていることを“人間になるための努力”と表現したのではないだろうか。
 彼の前半生に於いて人間らしさを欠くこととなったしまった要因は彼の家庭環境にあることが続いて明かされてゆく。(続く)
 MEGADETH「Die Dead Enough」PV(ムステインの息子と娘が出演している)

21年前のデイヴ・ムステイン・序

 先日購入したDVD「スラッシュ・メタル 暴虐の歴史」が面白い。スラッシュ・メタルの歴史を追ったドキュメンタリー作品だが、当事者たちの証言を元にスラッシュ・シーンがどのようなものであったかを検証するという構成である。観る度にいろいろな発見があると思うので今詳しくは述べないが、スラッシュファンだけではなく、レベル・ミュージック(Rebel Music)を愛好する人たちには色々共感するものがある作品であると思うので、是非観ていただきたい作品だ。
 スラッシュのルーツはVENOMだの、MOTORHEADだの、いろいろ挙げられるであろうが、やはりMETALLICAの登場を以って、スラッシュ・メタルというものが現れたということは間違いないであろう。スラッシュメタルの創成期を振り返り「メタリカのリフの基礎を作り出したのは俺で、スレイヤーは俺のリズムギターのテクニックを盗んでバンドを作ったのさ」と憎まれ口を叩く男がいた。MEGADETHのヴォーカリスト、デイヴ・ムステインその人である。
 元々はMETALLICAのリードギタリストでありながら、薬物中毒や数々の奇行がもとでデビュー直前にMETALLICAを解雇され、半ば八つ当たりというような感じでMETALLICAへの復讐を誓いながら、己のバンドMEGADETHを結成。一時期ギタリストに後にSLAYERを結成するケリー・キングが在籍していたことから、「ケリーは俺のアイデアを元にSLAYERの曲を作っている」と放言し、永らくMETALLICA、SLAYERの両バンドと対立状態に身を置くこととなったデイヴ・ムステインの生き方は、メタルシーンに様々な影響を及ぼしていくほどに大きいものであったのかもしれない。
 現在はMETALLICA、MEGADETH、SLAYER、そしてANTHRAXの「BIG 4」(日本では80年代末頃から『スラッシュ四天王』と呼ばれていた)が同一パッケージでツアーを行い、ライヴアルバムやビデオソフトがリリースされるまでになったが、この組み合わせが実現するまで実現するまでに20年以上の歳月を要した。その最大の要因がデイヴ・ムステイン(MEGADETHではなく、あくまでムステイン個人)による、METALLICAとの確執、SLAYERとの確執であったことは間違いない。METALLICAとの関係改善は緩やかながらもその気配はあったが、SLAYERに関してはその気配は近年までまったくまったく見られなかったのだが、2006年のLOUD PARKの為に来日したケリーが日本のテレビ番組「ROCK FUJIYAMA」に出演した時にそれは起こった。「メタリカのライヴを観に行ったとき、ムステインがあさっての方向見ながら信じられないような凄えギターを弾いていた。凄く影響されたね」とマーティ・フリードマンに語ったシーンは、おれを含め、メタルファンにとってはとてつもない衝撃を受けた出来事だったはずだ。ケリーがムステインからの影響を公に認めるということは非常に珍しかったからである。そのときにマーティとケリーは「Jump in The Fire」のリフを弾いていて「最高のリフだ」と一致した意見を述べていたが、そのリフを作ったのはMETALLICAに在籍していた時期のデイヴ・ムステインであった。

METALLICA 「Mechanix」 (「KILL 'EM ALL」収録「The Four Horsemen」の原曲。ムステイン作曲) Live 1983年 (guitar:デイヴ・ムステイン)


MEGADETH 「Mechanix」 Live 1984年(guitar:ケリー・キング)


 誰もがその音楽的才能を認め、その人間性を問題視されるデイヴ・ムステイン。「スラッシュ・メタル 暴虐の歴史」に於いても、重要人物として扱われた彼は、近年「人間が丸くなった」と言われている。ふと部屋を見回すと目に入ったのが、1990年のBURRN!4月号である。
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表紙はデイヴ・ムステイン。21年前の彼の姿は今とあまり変っていない感じがする。巻頭特集の彼のインタビュー記事は、今読むと非常に興味深い内容だ。今の彼に通じるもの、今の彼とまったく違うものが見えてきて非常に面白い。

ペキンパーが届いた

 今月17日創刊の雑誌「ペキンパー」が届いた。
ペキンパー創刊号

 A5版程度のコンパクトな雑誌である。表紙はSSの制帽をかぶって中指立ててるレミー・キルミスター。150分のおまけDVDのカヴァーはテンガロンハットをかぶっているレミーだ。もう一つ写ってるはげたおっさんの写真は、先着100名限定で付いてくるMENTORSのエル・デューチェのブロマイド。
 DVDで下半分を隠しているのは訳があるが、それは置いておく。

 ざっと目を通したが、何となく休刊になったDOLLを思わせる雰囲気の雑誌である。内容は盛りだくさんとはいえないが、このコンパクトさを考えれば、なかなか情報量は多く、何度か読み返すたび新しい発見が出来そうだ。
 地獄女史こと中野貴雄監督のバカ映画記事や、杉作J太郎のアニメ語りなど、中野駅周辺、或いは中央線沿線の匂いがぷんぷんする本である。また、伝説のバンドBAD COMPANYの復活来日ライヴレポのやっつけ感も凄い。文章を見るとものすごくリスペクトしているのに、スペースがなさ過ぎてああ書くしかなかったといったところか。

 おまけDVDも飛ばし飛ばしだが一通り目を通す。雑誌にも載っていたCELTIC FROSTのトム・G・ウォリアー、NAPALM DEATHのシェーン・エンバリーのインタヴューが収録されている。雑誌と同じ内容だが、雑誌インタビューはこんな感じでやるのか、というのが見られて興味深い。テレビのインタビューだと結構セッティングがキッチリし過ぎてたり、カットされてる部分が多かったりするので。

 その他、真樹日佐夫先生の作家生活50周年記念パーティに於ける先生のスピーチの模様も収録されている。ホームビデオで撮ったヤツをそのままぶち込んでいるだけなので、画像も粗く、音声もエコーが入ってて聞き取りづらい。ハードコアパンクのビデオではよくあることなのでその辺はどうでも宜しい。
 先生の容貌は相変わらずどうみても(自主規制)だが、兄の故・梶原一騎先生とともに、つのだじ(中略)だけのことはあると思える貫禄であった。御年70歳、いつまでも元気でいて欲しい人物である。

 また、雑誌に載っていたSIGHの川嶋未来氏の火吹き講座もDVDに収録され、実際に映像があるとなるほどわかりやすい。平ハウスの面々に見せたら真似したがる人間が出てきそうなので、見せるべきかどうか迷っている。
 どうせならSIGHのメンバーのDr.MIKANNIBAL女史にも共演して欲しかったところだが、次号でのお楽しみといったところか。ミカンニバルさんは楽屋で火吹きの練習をして失敗、危うく大惨事になりかけたとのことだが、東大出の理学博士でアメリカ国立研究所の研究員が本職だというだけでネタになるのだから無敵である。

◎SIGH 「Prelude To The Oracle」PV (携帯で見る)

↑SIGHとしては実に不本意なPVとのことだが、ミカンニバルさん+炎ということで敢えて掲載しました。すみません。

 ブロマイド付の分はもう在庫僅少とのことで、記事を執筆している山崎智之氏もブログで「こんなのがすぐ売り切れそうになるなんて、みんな頭がおかしい」と嘆いていますので、あえてお勧めはしませんが、それでも興味のある方は直販サイトでどうぞ。
最強最悪の男DVD-BOOK「ペキンパー」最強最悪の男DVD-BOOK「ペキンパー」
(2010/12/17)
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(2010/01/19)
Sigh

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現代野獣派ダンディズムのブルータルマガジン  最強最悪の 男DVD-BOOK 「PECKINPAH」

 先日、音楽ライターの山崎智之氏のブログを見たところ12月17日に「ペキンパー」という雑誌が創刊されることがわかった。
キャッチコピーが『ヤワな男が多い中、真の男を目指す男たちをリスペクトするDVDマガジン』
 うむ。内容をざっと見ると、決して硬派で喧嘩が強い人や不良の人向けというよりも、それとは正反対のおれみたいな奴向けの内容である事はよくわかる。
 大体、雑誌の名前がペキンパーである。サム・ペキンパーからとられたであろうことは想像に難くない。

 表紙はMOTORHEADのレミー。現在公開中のドキュメンタリー映画『極悪レミー』の特集とのこと。
 今年10月に観に行ったメタル・フェス「LOUD PARK '10」でも確かにこの映画のブースがあった。
 巻頭がレミーとトム・アラヤ(SLAYERのヴォーカル&ベース)との対談で、MOTORHEADの元メンバーのファスト・エディ・クラークの特集ページもあるそうだ。
 メタルファンには美味しい内容である。

◎MOTORHEAD 「Iron Fist」PV (携帯で見る)
guitar:ファスト・エディ・クラーク  drums:フィルシー・アニマル・テイラー


アイアン・フィストアイアン・フィスト
(2009/03/04)
モーターヘッド

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 あと何故か真樹日佐夫大先生の特集まであるので、これは買わねばなるまいと思い、先日直販サイトに予約したら、本日「今日の午後発送しました」とのメールが来た。
 17日創刊のはずなのに8日の時点で既に発送!さすが直販サイト様である。

最強最悪の男DVD-BOOK「ペキンパー」最強最悪の男DVD-BOOK「ペキンパー」
(2010/12/17)
モーターヘッド、スレイヤー 他

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